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最新ポートランド• オレゴン通信──現地が語るSDGsと多様性

山本彌生|アメリカ

最新の米国社会現象から見る、ポートランド。食のサードプレイス

Higgins plum tart with Higgins rest logo.jpegのサムネイル画像

春から初夏にかけては、甘酸っぱいプラムタルトを。ベリー系やフルーツ、そして良質な小麦も有名なオレゴン。四季折々のフルーツをふんだんに使ったデザートは、お砂糖控えめ。健康にも配慮しながら、目と心も楽しませてくれる。 Photo | Higgins Restaurant

| コロナ禍とその後を見据えた、産業への新たな種まき

世界中の人は、今現在、明確な道筋や時間軸を持たずに漂流している。そんな、超現実感を味わっているのではないか。そう、話し続けるヒギンズさん。

「休業するにあたって、67人の従業員を全員解雇してね。これが最も辛かった。食材の在庫をすべて手放してドアに鍵をかけた時、果たして元の『普通』に戻ることはできるのだろうか。今まで経験したことがないことが始まる、そう考えると崩れ落ちそうになったのを今でも覚えているよ。」

コロナ前の統計からみると、米国内の外食産業は約1100万人の労働者を抱えています。その年間売上高は、1兆ドル(約130兆円)規模。米国の国内総生産の4%を占める割合です。さらにそこから枝葉のように、地元の農業、漁業、酪農、食品職人などとも密接に結びついている巨大産業ビジネスです。

日本のレストラン・飲食、サービス産業への政府の補助金額が米国に比べると少ない。そのため、廃業した小さなレストランが多くある。そう説明すると、ヒギンズさんはさらに続けます。

「夫婦で切り盛りしている小さなレストラン、資金が底をつくサービス産業。補助金が充分ではなく廃業に至るという点では、米国内も同じことなんだ。

連邦政府の景気刺激策による補助金が、中小企業を回復させるために提供されてね。でもその資金額は、自分たちのビジネスの必要な部分を満たす前に、すぐに底をついてしまった。通常補助金だけでは、全然足りず。だから切羽詰まって、行政にさらに動いてもらうために、救済資金を求めるロビー活動を行ったんだ。同時に、このサービス産業の苦難の道のりを記録としてフィルムに収めておく必要がある。そう思って、友人の短編ドキュメンタリー映画作家に声をかけたりもした。」

どんなバカげている方法と言われても、とにかく試してみる。コロナ禍中から今後を見据えて、新しい種まきをしなければ生き残れない。クリエイティブに頭を柔軟にして、ありとあらゆる案と策を考えては試していきました。

そんな方法の一つが、ヒギンズの屋外版である『ピギンズ』。特注のフードトレーラーを設計し購入。出店場所の家主と交渉して、オープンをさせました。

試行錯誤を繰り返しながら、なんとか山を乗り越えたヒギンズ・レストラン。特に、2022年に入り、公共の場所でもマスク着用不要となった今。人々は少しずつ、まだ地区としては混とんとしているダウンタウンに足を運ぶようになっていきます。

日本語のメディアでは、マスクをしなくなったアメリカ人が、コロナを無きコトにしている。そんなニュースばかりが取り上げられています。でも、そのような感覚を持つ人は、ほんの一部。やはり、試行錯誤で自分の身を守る策を取り入れ、柔軟に物事を考えて行動している一般市民がほとんどです。

米国内とくに西海岸では、企業サイズは関係なく、コロナ禍中から今後にかけての新しい方向をすでに見据えて動き出しています。ニューノーマルという言葉こそ使いませんが、とっくに柔軟に起動修正をして前進を始めているのです。ビジネスにおいて、コロナと共に生きる時代が始まったという意識。日本はどうでしょうか。米国の行動や感覚と、大きなギャップがあるように感じますか。

しかし、こんな思考のシフトからか、ここ数ヶ月で別の大きな問題が発生しています。それが、人手不足

そしてこれが、現在のアメリカの深刻な社会現象に発展しているのです。

Newsweek Higgins piggins.jpgのサムネイル画像苦肉の策で、生み出したアウトドア型レストラン。ヒギンズ (Higgins) を文字って、豚に例えてピギンズ (PIGgins) 。Photo | Higgins Restaurant

| 人材不足=価値観の大きな変化、これからを乗り切るヒント

現在、全米各地、特に都市部では『大量離職時代』とも表現されている人手不足が深刻な経済問題、そして社会現象になっています。

コロナの影響から、生活環境の変化、失業、一時的な休業(政府からの援助金を得ながらの生活)、職・人間関係・自分自身の価値観の変化。そのような様々な要因から、人の移動が起きていると分析されています。

その背景には、このような理由が。

*客と対面する業種が休業する傾向が高い。働く側は、対面会話することに対して不安が急上昇。

*自分自身の人生を見直すきっかけとなり、それが転じて、職種を変える足掛かりになる。

*最低賃金~中賃金レベルで働くしかない層の人が、政府補助金をもらう事により、決して良いとは言えない職環境を見直し始めた。賃金上昇をしている分野への転職が急上昇。

*より高い賃金を求めて、人々はジョブ・ホッピング(職を転々と駆け上がっていく)をする傾向。

*失業を機に、より安い生活環境を求めて他州へと移住。都市部に、低賃金で働く人が減少。

わかりやすい例で言うと、コロナ前にファーストフード、レストラン、工場で日雇い・バイトとして低賃金で働いていた人。コロナ禍で流通業界の働き手が大量に必要となり、企業は賃金を少し高めに設定して人材を確保する策を出します。それに乗り、流通センターや流通ドライバーなどへの移行が一気に起こりました。また、賃金の安い割に労働がきつめ、かつ複数対面式という精神的に辛い職場の保育士や公立初等教師など。オンライン用資料の作成ができない等の能力理由も重なって、この職種も離職率が高い。個人ベビーシッターなどマンツーマン式で高賃金のポジションに移行すると聞きます。

アメリカ労働省の発表によると、コロナ禍で人材不足が著しく、賃金上昇率が高くなった輸送・倉庫・製造・レジャー業界への転職が多いとなっています。

今、ぽっかりと空いてしまったフードやサービス産業の人材。現在、ボーナスや福利厚生に上乗せして、人件を埋めようと必死です。

因みに、最近目にして驚いた広告にこんなものがありました。

『中規模レストラン:コック大募集。雇用契約の祝い一時金として、その場で10万円プラス福利厚生向上を約束します。』『老舗有名デパート:販売員募集。あなたが働いてくれるのと同時に、もう一人推薦してくれたのなら、即ボーナス15万円支給。』

このような環境の中、ヒギンズ・レストランは、どのような状況なのでしょうか。そう尋ねると、先ほどとは違った硬い表情で、語り始めます。

「以前は67人いた従業員が30人しか集まっていないのが、現状。そんなことから、営業時間を制限せざる得ないのは復活の足かせになっているよね。

ポートランドは、パンデミック時に3つの調理師学校がすべて廃業。厨房スタッフの主要な供給源を失った。聞いた話によると、レストランやホスピタリティ業界で働く人の40%は、この業界を去って他の業種に転職したそうだし。

とはいえ、ポートランドのダウンタウンの状況は少しずつ良くなって来ていると感じている。人手不足だけど、ビジネスは徐々に回復しているのは確かですよ。

でも正直なところ、レストランで心から楽しんで外食をしたり信頼を得るには、もう少し時間がかかるんじゃないかな。元のポートランドに戻るまでには、まだまだ道のりがある。だから、踏ん張らないといけないんだ。」

ポートランドでも日本でも、いつまで続くか分からない不安を抱えている人は多いはず。そう切り出して、日本の皆さんへ伝えてほしいと、静かにでも熱く話を続けるヒギンズさん。

「このニュー・ノーマルと言われるような状態がいつまで続くかわからない。でも状況は変わらない。だったら、前向きに考えて、日々の暮らしをより良いものに改善していく。少なくとも私はそういう結論に達したのです。

苦境が続く日本の皆さん。どうぞ、信じることを止めないでください。 最悪の時にこそ、最高のアイデアが生まれる、絞り出す。そう努めてください。」

最後に、あなたにとって、ライフスタイルにおけるポートランドスタイルとは何ですか?と聞くと、少年のような笑顔でこう答えてくれました。

友人と一緒に作り、食する、楽しい時間を共有する。食とコミュニティーによって、人の笑顔を見るのが何よりも楽しい。」

地域と人々に支えられて、今の自分があると感じているヒギンズさん。

人に支えられ、試行錯誤を繰り返した初心があるから現在の自分がある。そう考えると、今ある時間も大切に思えます。

当たり前の日々支えてくれる、モノやコト。身の周りにいる人々。四季折々の地の産物。当たり前のわずかなものから生み出される豊かさ。そして、そこから生まれる感謝の気持ち。

今日あなたは、どんな小さな当たり前に「ありがたい」と心の中でつぶやきますか。

6月分の記事として予定をしておりましたシェアー型工房は、先方の諸事情により、掲載を見合せることといたしました。

ここに深くお詫びを申し上げると共に、事情ご賢察の上ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

尚、次回の掲載は7月を予定しております。

今後とも変わらぬご愛読のほどをお願い申し上げます。

次回のテーマは、ポートランドモデル第3弾。『地元クラフト産業』に注目します。ポートランド発祥と言われる、シェアー型工房とは? 日本や世界から視察が止まらないほどに、影響を与えてきた第一人者の働きとは? 起業から発展。そして、現在のコロナ禍でのビジネス経営の乗り越え方。もの作りと産業全般に向けた、多くのヒントを深堀りします。610日掲載です!

記:各回にご登場いただいた方や記載団体に関するお問い合わせは、直接山本迄ご連絡頂ければ幸いです。本記事掲載にあたってのゲストとの合意上、直接のご連絡はお控えください。
 

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著者プロフィール
山本彌生

企画プロジェクト&視察コーディネーション会社PDX COORDINATOR代表。東京都出身。米国留学後、外資系証券会社等を経てNYと東京にNPOを設立。2002年に当社起業。メディア・ビジネス・行政・学術・通訳の5分野を循環させる「独自のビジネスモデル」を構築。ビジネスを超えた "持続可能な" 関係作りに重きを置いている。日系メディア上のポートランド撮影は当社制作が多く、また業務提携先は多岐にわたる。

Facebook:Yayoi O. Yamamoto

Instagram:PDX_Coordinator

協働著作『プレイス・ブランディング』(有斐閣)

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