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ワールドカップ「退屈」日記

今さらですが、反ブブゼラ宣言!

2010年07月05日(月)12時55分

 ケープタウンに来ている。もっと早く来ればよかったと思う。ほんとにいい街である。

 ここはほとんどヨーロッパだ。古い建物が多く、こじんまりして居心地がいい。街歩きが好きな僕みたいな者にとっては、どこへでも歩いて行けるのがこたえられない。ヨハネスブルクではできなかったことだ。

 スタジアムへも街の中心部から歩いて行ける。6万5000人収容の最新鋭のスタジアムが、ウォーターフロントと呼ばれるエリアにある。ちょうど横浜の日産スタジアムが新横浜ではなく、「みなとみらい21」にあるような感じだ。

 そのすてきなスタジアムで、アルゼンチンがドイツに0-4と惨敗した試合を見たのだが、相変わらずブブゼラがうるさかった。もっとブブゼラがすさまじかったのは、その前日にヨハネスブルクで見たガーナ-ウルグアイ戦だった。

 この試合のスタジアムに向かうシャトルバスで、僕はアルジェリアから来た男性と話をした。「今日はウルグアイのサポーターが200人くらいだな」と、彼は言う。「残りの8万4800人はガーナの応援だ」。唯一残っているアフリカのチームがガーナなので、地元・南アフリカをはじめ、アフリカ諸国から来たファンはみんなガーナをサポートするというのだ。もちろん彼の手には、ブブゼラがしっかり握られている。

 試合が始まると、彼の言ったとおりになった。ガーナがチャンスをつかむと、ブブゼラが鳴り響く。すさまじい。僕は耐えきれず、初めて耳栓をつける。スタジアムに向かう道では、耳栓がけっこう売られている。ブブゼラと耳栓を一緒に売るのはやめてほしい気もする。

 ともかく、このブブゼラの大演奏を聞きながら、思ったことがある。ガーナの選手はブブゼラに元気づけられているのだろうか? 僕には騒音にしか聞こえない音でも、アフリカの人には何か意味のあるものに聞こえているのだろうか? たぶんそうではない。ガーナの敗因のひとつは、ブブゼラの大演奏だったかもしれないのだ。

 試合は1-1のまま延長に入る。延長終了間際にガーナがPKを得る。盛り上がるスタジアム。もう勝利は「我ら」のものだ。ブブゼラが大音量で鳴り響く。PKを取ったときの動画ではないが、こんな感じである。

 だがブブゼラの応援にもかかわらず、PKは失敗する。延長が終わり、勝敗はPK戦にゆだねられる。

 PK戦開始。ガーナが蹴るときはブブゼラが鳴り響く。ウルグアイが蹴るときはブーイングが飛ぶ。僕の耳には、ブブゼラとブーイングの区別がつかない。あるいは、ガーナの選手にとっても同じだったのではないか。

 ワールドカップに出るくらいの選手なら、ふつうPKは利き足と逆の足で蹴っても必ず決まる。そんな彼らに失敗させるものがあるとすれば、ひとつは120分走った後の疲労であり、もうひとつはそのときの空気である。ブブゼラによる大声援は、PKを蹴ろうとするガーナ選手にとって邪魔になったのではないか。もしスタジアムが静寂を保っていたら、彼らはもっと集中できたのではないか。

 PK戦の間に僕の席の近くで、「ガーナ! ガーナ! ガーナ!」と立ち上がって叫ぶ一団があった。もし8万4800人がブブゼラを鳴らさずに「ガーナ!」の大合唱をしていたら、声は確実にガーナの選手に届いただろう。何よりウルグアイにとっては、大変な脅威になったはずである。

 サッカーの試合で最も美しいもののひとつは、観衆の「声」じゃないかと思う。ブブゼラはそれを消し去り、雑音をつくり出す。

 駒野友一がパラグアイ戦でPKを失敗したときも、ブブゼラが大音量で鳴っていた。地元ファンの多くが日本を応援してくれていたためだ。けれど、もしスタジアムが静かだったら? ひょっとしてひょっとしたら、ひょっとしてひょっとしてひょっとしたら、駒野のキックはバーに当たらなかったかもしれないのだ。

 パラグアイ戦でブブゼラが大音量で鳴り響いたのは、日本のファンが少なかったためだ。サポーターが母国からたくさん来ている国の試合は、ブブゼラを持ち込む地元ファンが少なくなるから、声がしっかり聞こえる。その筆頭がイングランドのファンだ。彼らはこんなふうにコールする。ブブゼラは鳴っているが、声が勝っている。

 今大会の開幕直後にブブゼラが問題になったとき、FIFA(国際サッカー連盟)は「開催国の文化には介入しない」と言って、ブブゼラによる応援を容認した。政治的には正しい判断だが、「サッカー的」にはまちがっていた。開催国の文化が何でも許されるとしたら、次に日本でワールドカップを開催できたときには、尺八や津軽三味線をスタジアムで鳴らしていいことになる。それはそれでユニークなワールドカップになりそうだけれど、やっぱりサッカーのスタジアムにはそぐわない。
 
 ブブゼラは由緒ある民族楽器かもしれない。でも、いま南アフリカのスタジアムで鳴っているのは、それとは別物だ。ただただ不快な音を出し、サッカーの美しさを損ねるプラスチック製のラッパでしかない。

*原稿にする前のつぶやきも、現地からtwitterで配信しています。

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BLOGGER'S PROFILE

森田浩之

ジャーナリスト。NHK記者、Newsweek日本版副編集長を経て、フリーランスに。早稲田大学政経学部卒、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)メディア学修士。著書に『スポーツニュースは恐い』『メディアスポーツ解体』、訳書に『「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理』など。