コラム

知的財産権を巡る交渉、IPEFは何を変えるのか

2022年05月27日(金)17時23分

「インド」が加わっている意義は極めて大きいインド太平洋経済枠組み(IPEF)...... REUTERS/Jonathan Ernst

<IPEFの最大の特徴の1つはインドが加わっていることだ。TPPがカバーしてきた高度な水準を求める知的財産権保護の枠組みから抜けてきた「インド」が加わっている意義は極めて大きい>

世界の産業構造は大きく変わっており、知的財産権によるライセンスフィー収入は増加の一途を辿っている。海外の自動車関連子会社からのライセンスフィー割合が大きい日本の知財収入はコロナ禍で一時的に落ち込みを見せていたものの、今後世界経済の立て直しが図られていく中、その継続的な収入増加が見込まれている。

知的財産権の評価を行う米国オーシャン・トモ社によると2020年段階で主要企業の時価総額に占める無形資産の割合は、日本が約30%であったのに対し、米国は90%、欧州は75%、韓国57%、中国44%となっている。つまり、日本は有形資産による経営から脱却しきれていないが、既に欧米や先進国の企業群は知的財産を重視する経営判断に移っていると言えるだろう。

したがって、産業構造の変化を受けたアメリカの知的財産権問題に関する姿勢は強硬だ。

北風(単独交渉&制裁)と太陽(TPP)でも不十分

元々オバマ政権が過去にTPPに加盟申請しようとしていた動機の1つが知的財産権保護であった。TPPは知的財産権保護がオザナリであったアジア太平洋地域において、その高度な基準を求める協定であった。TPP加盟国の市場にアクセスするためには、その高度な基準を満たす必要があるため、関係各国は自国の状況を積極的に改善することが求められる。オバマ政権は自国の産業構造変化を踏まえて、渡りに船ということでTPPに積極的に参加する道を選ぼうとした。

しかし、トランプ政権はTPPからの脱退を宣言し、米国が含まれる形でのアジア太平洋地域における多国間での知的財産権保護の動きは一時的に後退することになった。現在、日本はTPP11を主導する立場にあるが、米国抜きでは対中国という面ではやはりパンチに欠けることは否めない。

TPP脱退の代わりに、トランプ政権では中国に対する関税等の制裁を行う形で米国単独の知財改善交渉を行うことになった。同政権における関税等の措置は米中両国の経済に打撃を与える我慢比べとなったが、やはり当初想定されていたよりも十分な成果は得られなかった。

近年の米国のアジア太平洋地域での知的財産権保護の取り組みは、北風(単独交渉&制裁)と太陽(TPP)のような知的財産権保護に向けた政策が取られていたことになる。しかし、そのいずれも中国やインドなどの非アメリカ・日本の域内大国の状況を十分に改善できるものではなかった。つまり、日本(TPP)と米国(トランプ政権単独交渉)だけでは、中国やインドなどに対して知的財産権保護という新しい経済のルールを将来的に安定的に機能させるには不十分であったと言えるだろう。

そのため、バイデン政権が新たに発足させた枠組みがIPEFである。

プロフィール

渡瀬 裕哉

国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員
1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。主な著作は『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』(産学社)、『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(祥伝社)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(すばる舎)、『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『2020年大統領選挙後の世界と日本 ”トランプorバイデン”アメリカの選択』(すばる舎)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏

ビジネス

金、3100ドルの大台突破 四半期上昇幅は86年以

ビジネス

NY外為市場・午前=円が対ドルで上昇、相互関税発表

ビジネス

ヘッジファンド、米関税懸念でハイテク株に売り=ゴー
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    「関税ショック」で米経済にスタグフレーションの兆…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story