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Editor's Note

検事の犯罪をバッシングで終わらせるな

2010年09月22日(水)01時18分


 リスクマネジメントの世界で数年前から重視されはじめた概念に、デジタル・フォレンジック(digital forensic)というのがある。直訳すると「デジタル鑑識」。情報漏えいや不正アクセス事件が起きた際、サーバやパソコン、通信機器、記録メディアなどに残されたデータを収集・解析し、法的証拠として保全・管理する技術とシステムの総称だ。大阪地検特捜部の主任検事が資料を改ざんしたニュースを聞いて、まず思い出したのがこれだった。

 もともとは企業間の係争や社内データをめぐる不正への備えとして生まれたようだが、社会全体がネットワーク化、デジタル化するにつれて、民事・刑事訴訟、企業の内部統制、知的財産の保護、金融システムのセキュリティ、自治体がもつ個人データや病院や学校が管理する個人情報など、あらゆる領域で導入されつつある。

 とりわけ刑事事件の捜査・解明では重要度を増しており、デジタル・フォレンジックの解説書や説明資料にさらっとでも目を通したことがあれば、フロッピーディスクに収められた文書の日付を変えても後で簡単にバレてしまうことなど、知らないはずがない。1人のキャリア官僚の人生を破綻させようとしている事件の指揮をとる検事がそんなことさえ知らなかったのか、知っていながら手を動かしてしまうほど追い詰められていたのか。どちらにしても震撼させられる。

 これで逮捕翌日の朝からマスコミは検察たたき一色になるだろうが、まさにそのことが心配だ。検察はけしからん、猛省すべしだと街頭インタビューやスタジオでがなり立てて済む問題ではない。何かあると他のニュースなどほったらかして記者が押し寄せ、読者や視聴者とともにエモーショナルに怒りを爆発させ、ほとぼりが冷めると何事もなかったかのように誰も気にしなくなる。北朝鮮拉致家族、ライブドア事件、耐震偽装、食品偽装、年金記録漏れ......みんなそうだった。

 テレビや新聞は大阪高検ではなく最高検がいきなり捜査に乗り出したことを「きわめて異例」と報じていたが、そこじゃないだろう、驚くところは。大阪営業所で不正があったので大阪支社ではなく東京本社が調査します、と不祥事を起こした企業が言ったら、相撲界の不祥事のように「お手盛りだ」「外部で調査を」と突っ込むはずだ。プレッシャーに押し潰された主任検事のあくまで個人的な犯罪であり、地検特捜部の捜査手法や検察組織そのものに特別な問題はない――検察庁や法務省がそんな結論を出したとき、納得できないと言いたいのであれば、何よりもまず「司法の犯罪を捜査するのは誰か」を考えなくてはいけない。

 そもそもこの20年近く、官僚や警察の堕落やスキャンダルを見慣れてきた目には、権威にひたり切ったエリートがまた何かしでかした、くらいの印象しか残さないかもしれない。しかし起訴された場合の有罪率が99%という「絶対正義」の中枢で現場を仕切る人間が資料を改ざんするというのは、大蔵官僚がノーパンしゃぶしゃぶでMOF担の接待を受けるのとは宇宙的にレベルの違う問題をはらんでいる。

 起訴の有罪率が99%ということは、有罪になりそうな事件のみを起訴し、起訴した事件は必ず有罪にするべく捜査を行い、自信どころか「確信」をもって公判に臨むということだろう。そこまでは小学生でもわかるが、わからないのはなぜそういう仕組みになっていて、なぜ問題が起きても直されないのかだ。

 司法取引に象徴されるように、アメリカでは裁判が罪と量刑と損害と賠償を当事者間で最も合理的に最大化・最小化するための、ある種のゲーム化(「遊び」ではなく「駆け引き」という意味)している。日本の司法がそれと異なることに理由はあるのだろうが、これだけ冤罪が問題化している状況でシステム自体を見直さない理屈は立たない。就任して5日目の柳田法務大臣は「真実なら許されない」「(最高検の)捜査の行方を見守っていきたい」と語ったが、どうも他人事のようで不安が残る。

 主任検事が「1」を「8」に数字ひと文字変えたことが、とんでもない結果をもたらしかねなかったことをどう受け止めたらいいのか。データをせっせと書き換えて歴史を捏造していたオーウェルの小説『1984』の主人公が自分のしていることの恐ろしさに気づいたように、検察捜査に関わる人々が何かを学ぶのか。それが期待できないとしたら、誰が何をすべきなのか。まず必要なのはバッシングで憤りを発散するのではなく、頭を冷やしてそれらを考えることではないかと思う。

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竹田圭吾

1964年東京生まれ。2001年1月よりニューズウィーク日本版編集長。

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