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荒川河畔の「原住民」⑤

50年前にシングルマザーとなった女性は、いま荒川のホームレス。彼女が森でしていたことは?

2024年9月25日(水)11時40分
文・写真:趙海成
荒川河川敷のホームレス

私が初めて「お母さん」に会ったとき、彼女は庭で腰をかがめて何やら忙しそうに作業していた

<河川敷に暮らすホームレスの中には、女性もいる。小さな土地で美しい絵巻を紡いでいたその老婦人は、知り合ったばかりの在日中国人ジャーナリスト、趙海成氏に波乱の半生を語り始めた。連載ルポ第5話>

※ルポ第4話:猫のために福祉施設や生活保護を拒否するホームレスもいる...荒川河畔の動物たち より続く


私が彼女を初めて見掛けたのは3週間前のことである。

荒川の河川敷に住む桂さんと斉藤さん(共に仮名)を訪ねる際にはいつも小さな森を通るのだが、そこにはテントと自転車が置かれていた。その数から見ると、そこには3人のホームレスが住んでいるはずだ。

足どりを遅めて森の中を覗くと、腰を曲げて働いているかのように見える老婦人の姿が見えた。私はスマホでこのシーンを撮った。

4日前にまたその森を通ったときには、彼女が同じく腰を曲げて何かをしているのが見えた。野菜を作っているのだろうか。いやそうは見えない。地面は平らで、土を掘り起こした形跡もない。

私はついに足を止め、森に近づいて中を覗きたいと思った。その時、突然その老婦人が顔を上げて、私と目を合わせた。

私は急いで彼女に挨拶した。「おはようございます。申し訳ありませんが、私はここを通って、あなたが何をしているのか見たいだけです」

老婦人は私を見てしばらく呆然とし、そして口を開いた。「あなたは誰ですか。どうして私に話しかけたのですか」

「私は近くに住んでいる中国人です。橋の向こうのホームレスの友人2人を訪れる途中にここを通ったのです」

実は、私は無意識にもこの出会いのために準備をしていた。3週間前に老婦人が腰を曲げて何か作業をしている写真を撮った後、桂さんに、この辺りに住んでいるホームレスの女性を知っているかと聞いていた。

桂さんは言った。「知っていますよ。彼女がいま住んでいる所は、以前は私が住んでいたんだ。私が引き払ってから、彼女がそこに引っ越してきたんです」

桂さんは私に、この老婦人が息子と一緒に暮らしていたことを教えてくれた。

私は彼女に聞いた。「私のホームレスの友人2人は桂さんと斉藤さんという人ですが、彼らを知っていますか?」

私は「知り合いを共有する」ことで自分と老婦人との距離を縮めようとした。この方法はうまくいき、老婦人のぎこちない表情が少し緩んだ。

私たちはおしゃべりを始めた。近くの橋の上を時々電車が通るので、私たちの会話は電車の轟音に遮られることが多い。彼女が何を言っているのかはっきり聞くために、森の中に一歩踏み入り、草むらの上にひざまずいて彼女と話を続けた。

お互いの重病の家族の介護について話す中で、私たちは、共感することが少なくないことに気づいた。

老婦人に聞いた。「これからは『お姉さん』と呼んでもいいですか、それとも『お母さん』と呼んだほうがいいですか?」

彼女は「どちらでもいい」と言った。「でも、この辺りの人はみんな私をお母さんと呼んでくれています」

「じゃあ、私もこれからはお母さんと呼びましょう」と私は言った。

私自身も驚いたのだが、彼女は異国から来て知り合ったばかりの私に、彼女の半生の不遇な経験を語り始めた。

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