最新記事
宇宙事業

米ボーイング宇宙事業に強まる逆風、NASAの有人帰還断念で

2024年8月28日(水)10時48分
宇宙飛行士2人を乗せフロリダ州ケープカナベラルから打ち上げられるスターライナー

8月26日、 米航空宇宙局(NASA)はこのほど、米航空宇宙大手ボーイングに開発を委託した新型宇宙船「スターライナー」で宇宙飛行士2人を帰還させる計画を断念した。写真は6月、宇宙飛行士2人を乗せフロリダ州ケープカナベラルから打ち上げられるスターライナー(2024年 ロイター/Joe Skipper)

米航空宇宙局(NASA)はこのほど、米航空宇宙大手ボーイングに開発を委託した新型宇宙船「スターライナー」で宇宙飛行士2人を帰還させる計画を断念した。ボーイングの宇宙事業は長年にわたって失点を重ねており、NASAの決断で逆風が一段と強まった。

度重なるスケジュールの遅延、技術的トラブル、サプライチェーンの問題などが続いたスターライナーにとって、国際宇宙ステーション(ISS)への宇宙飛行士の輸送は重要な転機になるはずだった。ロイターが証券取引所への提出書類を分析したところ、スターライナーは2016年以来のコスト超過が16億ドル(2306億円)に上っている。

2人の宇宙飛行士はスターライナーで6月にISSに到着。滞在期間は8日程度の予定だったが、スターライナーの推進システム不具合のため8カ月に伸びた。NASAは宇宙飛行士の安全な帰還は難しいと判断。2人は来年、著名起業家イーロン・マスク氏が率いる米宇宙開発企業スペースXの宇宙船「クルードラゴン」で帰還することになった。ボーイングはまたしてもスペースXに苦杯を喫した形だ。

今回の計画はNASAがスターライナーを定期便として認証する前の最終試験となるはずだった。スターライナーを巡っては収益性を疑問視する声が広がっており、ボーイングのオルトバーグ最高経営責任者(CEO)は同事業の継続の是非について決断を迫られている。

米政府の監査機関はボーイングについて、NASAの月探査計画の中核である巨大新型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」の主契約者として、予算が数十億ドル超過し、スケジュールが遅延していると繰り返し報告している。

NASAのネルソン長官は24日にオルトバーグ氏と会談し、スターライナーの有人飛行再開を100%確信したと述べた。しかし今後も問題が続けば長期契約が維持される保証はない。

ボーイングは1月に小型機「737MAX」の客室パネルが飛行中に吹き飛ぶ事故が発生。今月CEOに就任したオルトバーグ氏は投資家や顧客などへの説明に追われている。

専門家の見立てでは、ボーイングはスターライナー計画を継続する公算が大きい。ボーイングが防衛事業でより厳しい状況に置かれているためだ。将来的にスターライナーがNASA以外の顧客を獲得する可能性もあるが、取り組みが軌道修正されることもあり得る。

<スペースXの躍進>

ボーイングは2014年にNASAから有人飛行のための宇宙船開発で45億ドルの契約を受注。これまでに予算の半分以上を費やしたが、スターライナーはまだ認証を獲得していない。認証後のスターライナーによるミッション6回分を含むこの契約は既に3億ドル上積みされているものの、計画はさらに遅れる見通しだ。

一方、スペースXのクルードラゴンは2020年に認証を取得して以来、NASA向けに10回の有人ミッションを行っている。当初の契約額は26億ドルだったが、NASAはボーイングの計画の遅れを補うためにクルードラゴンのミッションを追加購入し、スペースXの契約額は49億ドルに膨らんだ。

ボーイングは、スターライナーについてNASAの認証を得るために宇宙飛行士をISSに送るミッションを再度行う必要を迫られるかもしれない。同社は2022年にも無人ミッションの再実施を余儀なくされ、約5億ドルの追加費用が発生した。

スターライナーは最初の無人飛行試験がソフトウエアの重大な不具合により失敗してから5年が経過。その間にスペースXはロケットの打ち上げ、有人宇宙飛行、さらには衛星の製造においてボーイングを追い越した。

<深刻な問題>

ボーイングの宇宙事業部門は長年にわたり熟練スタッフの大量流出に苦しんでおり、退職者の多くはスペースXやジェフ・ベゾス氏のブルー・オリジンに移籍している。ボーイングはサプライチェーンが複雑なため、スペースXのような小回りの利く、垂直統合型の企業に比べて宇宙船の設計が難しいと、ボーイングの宇宙部門で働いた経験のある10人が証言した。

スターライナーは開発全体を通じて推進システムのハードウエアやソフトウエアに常に問題を抱えていた。今年夏に行われた最初の打ち上げでも、発射の数時間前に推進システムでヘリウム漏れが見つかった。

ボーイングの宇宙事業部門にとってもう1つの課題はスペース・ローンチ・システム(SLS)ロケットだ。NASAの監察官は8月に公表した報告書で品質管理に深刻な問題があると指摘。ルイジアナ州ミックハウドにあるボーイングのSLS部門のスタッフには「航空宇宇宙事業における十分な生産の経験、訓練、指導が欠如している」と苦言を呈した。

スターライナーと異なり、SLSの遅延や開発問題の費用はNASAが負担する。監察官の報告書は、NASAがこうしたコスト超過を正確に把握していないとも繰り返し警告している。

航空宇宙アナリストのリチャード・アブールアフィア氏は、オルトバーグ氏がスターライナー計画を存続させるために事業を精査し、NASAと交渉すると考えている。ただ、ボーイングにとってそれが正しい選択であるかどうかは疑問視しており、「もし私がオルトバーグ氏の顧問なら、宇宙事業については売却の検討を進言する」と明かした。



[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2024トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


20241126issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中