最新記事
中東紛争

中東の対立は新たな次元に突入した

THIS TIME IS DIFFERENT

2024年8月26日(月)12時40分
ヨシュカ・フィッシャー(元ドイツ外相)
ヒズボラの指導者ナスララ師

イスラエルを攻撃した、とテレビで語るヒズボラの指導者ナスララ師。ヒズボラはイランの代理勢力(8月25日)REUTERS/Mohamed Azakir

<イスラエルと地域大国のイランが事実上の戦争状態にある今、これがいずれ大国も巻き込んだ大規模な地域紛争に発展するのは避けられないように見える>

ヨルダン渓谷と地中海に挟まれた土地──その中心には現在はイスラエル国家の首都である聖地エルサレムがある──をめぐるアラブ人とユダヤ人の対立は、100年以上前から続いている。だが今、この紛争の性質が変わりつつある。それも悪い方向へ。

両者の対立はオスマン帝国の支配下で始まり、第1次大戦後に国際連盟が見せかけの委任統治(実際には戦勝国のイギリスとフランスによる植民地支配)を提示した後も続いた。その後に第2次大戦が勃発し、ドイツのナチス政権が崩壊。新たに創設された国際連合の下で1947年にパレスチナ委任統治領の分割案が承認され、翌48年になって委任統治の終了とともにイスラエルが建国を宣言した。


 

これが引き金となり、イスラエルとアラブ諸国の間にすぐさま第1次中東戦争が勃発し、イスラエルが勝利。多くのアラブ人がパレスチナを追われた(「ナクバ(大惨事)」として知られる出来事だ)。その後も数十年にわたって何度も戦争が起こり、また多くのアラブ人が土地を追われた。

その間、世界では旧植民地帝国の崩壊から2度の世界大戦、長い冷戦に至るまで、さまざまな地政学的変化が起きた。しかし、イスラエルとパレスチナの争いは地域的な問題であり続けた。1914年の夏にサラエボで起きた危機が第1次大戦を招いたのとは違って、この紛争が大国間の衝突や世界大戦につながることはなかった。

しかし、その地政学的現実が変わりつつあるのかもしれない。イスラム組織ハマスがイスラエルを奇襲攻撃してから、もうすぐ1年。ガザでの戦争では、パレスチナの多くの民間人が犠牲となっている。

土地より大きなものを巡る戦い

この戦争には最初から、単に土地をめぐるユダヤ人とパレスチナ人の新たな戦いにとどまらない意味があった。その背後に地域覇権を目指すイランと、同国が支援する武装組織のネットワーク「抵抗の枢軸」の思惑があるのは明らかだ。

4月13日にイランが自国領土からイスラエルに対して前例のないミサイル攻撃を行って以降、両国は事実上の戦争状態にある。背景にあるのは、土地をめぐる争いよりもはるかに大きな次元のものだ。

中東屈指の軍事力を持つイスラエルが存在する限り、イランは地域覇権を手にするという目標を達成できない。同時にイランにとってイスラエルは、その目標を手にするための「手段」ともいえる。イスラエルが「抵抗の枢軸」であるハマスやレバノンの武装組織ヒズボラに「存在理由」を与えれば、イランは主要ライバルであるサウジアラビアへの決定的な優位性を維持できる。

中東では大規模な地域戦争の可能性が浮上しており、それを抑え込むことはできないように見える。イランとその代理勢力は、イスラエルがハマスやヒズボラの幹部を殺害したことへの復讐を誓っている。不安定さを増す一方の世界で、1世紀前から続く中東の紛争は新たな次元に突入した。

イランがロシアや中国と近いことから、全ての大国がこの紛争に巻き込まれている。中東には産油国が集まっており、事態の悪化は世界経済に深刻な混乱をもたらす。

しかし、現実的な解決策はいまだ見えない。あらゆる当事者が自らの立場に固執し、パレスチナ人もイスラエル人も簡単に諦めることはない。

イランが地域覇権と核兵器を追い求めてイスラエルやアメリカとのより広範な戦争のリスクを冒すことで、自らを終焉に追い込む可能性は十分にある。しかしイスラエルがガザでの残虐な軍事作戦を推し進めれば、国際的に孤立し続ける。双方が理性を放棄しているこの状況は、私たち全てにとって懸念すべき事態だ。

PS_Joschka Fischer130.jpgヨシュカ・フィッシャー
JOSCHKA FISCHER
左翼活動家から政治家に転身。ドイツ緑の党の中心人物として、ヘッセン州環境・エネルギー相などを歴任した後、シュレーダー政権では連邦外務大臣兼副首相を務めた。

ニューズウィーク日本版 トランプの帝国
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年2月10号(2月3日発売)は「トランプの帝国」特集。南北アメリカの完全支配を狙う新戦略は中国の覇権を許し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

三菱重の通期純利益、一転過去最高に ガスタービン需

ワールド

米、ベネズエラ原油の初回売却分全額引き渡し 5億ド

ビジネス

高島屋、老舗の中小企業支援で協業 数百億円ファンド

ワールド

豪当局、年金基金にシステム投資拡大要請 「証取の障
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 3
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗り物から「勝手に退出」する客の映像にSNS批判殺到
  • 4
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 5
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 6
    地球の近くで「第2の地球」が発見されたかも! その…
  • 7
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 8
    アジアから消えるアメリカ...中国の威圧に沈黙し、同…
  • 9
    最長45日も潜伏か...世界が警戒する「ニパウイルス」…
  • 10
    ICE射殺事件で見えたトランプ政権の「ほころび」――ア…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 4
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 5
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 6
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 7
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 8
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 9
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 10
    パキスタン戦闘機「JF17」に輸出交渉が相次ぐ? 200…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中