最新記事
パレスチナ

イスラエルの暗殺史とパレスチナの「抵抗文学」

2024年7月10日(水)08時45分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学国際学部教授)

文豪のカナファーニー氏はその研究において、雄弁な詩作にとどまらず、民衆に届き、民衆に響くような大衆文学や口語文学も手がけた。真実の声を封じ込め、その担い手を排除しようとし続けるイスラエルにカナファーニー氏自身が暗殺され、多くの占領への抵抗者(何十人もの芸術家、詩人、思想家など)の一人となったのも不思議ではない。

2018年に出版された書籍『Rise and Kill First: The Secret History of Israel's Targeted Assassinations』(邦訳は『イスラエル諜報機関 暗殺作戦全史』早川書房)で、イスラエル人作家のロネン・バーグマンは、イスラエル諜報機関が組織的に行った暗殺の歴史を振り返り、イスラエルは他のどの西側諸国よりも多くの暗殺を行ってきたと主張している。

著者のバーグマン氏は、本のタイトルはタルムードのテキストから引用したものだと説明している。この言葉は、イスラエルによる暗殺の教義を正当化するために、複数の人物によって使われてきた。

この著書でバーグマン氏は、多くのイギリス政府高官、パレスチナ解放機構のメンバー、ハマスなどに対するシオニストによる暗殺には、直接的な殺害、あるいは犯罪の痕跡を隠し(抹消し)、疑惑を排除することを目的とした「サイレント・キリング」と呼ばれる手法があったという。

もちろん著者はイスラエル国籍であるため、その情報には細心の注意を払わなければならないが、1907年に創設されたバル・ギオラ組織からハガナー組織、そしてイスラエル占領軍に至るまで、シオニストの敵を抹殺する不道徳な政策(手法)に光を当てている。また、この本の中で、イスラエルが第二次世界大戦以降、欧米のどの国よりも多くの人々を暗殺したことを認め、イスラエルの建国70年間で2700人以上の暗殺を行ったと推定している。

イスラエルにとって脅威に

イスラエルは政敵に対して暗殺という武器を使ってきただけでなく、言葉や思想、芸術を通して抵抗の旗を掲げた人々もねじ伏せてきた。その意味で、イスラエルは言葉の力とその可能性を理解していたと言える。

パレスチナの文豪やアーティスト、詩人などには、抵抗の精神を奮い立たせ、声なき人々に声を与える力があるということは理解していた。そして、77年以上にわたってパレスチナ人のアイデンティティを消し去り、事実を消そうとシオニストのメディア・マシンが続けてきた偽情報を凌駕する真の力があることを知っていたからだ。


「祖国とは過去のみだとみなした時、私達は過ちを犯したのだ。ハーリドにとって祖国とは未来なのだ。そこに相違があり、それでハーリドは武器をとろうとしたのだ。敗北の底に、武器の破片と、踏みにじられた花とを捜す者の落胆の涙は、ハーリドのような幾万もの人間を遮ることはできない」
(ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って』河出文庫、258ページ)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「南アG20に属すべきでない」、今月の首

ワールド

トランプ氏、米中ロで非核化に取り組む可能性に言及 

ワールド

ハマス、人質遺体の返還継続 イスラエル軍のガザ攻撃

ビジネス

米ADP民間雇用、10月は4.2万人増 大幅に回復
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇の理由とは?
  • 4
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 7
    若いホホジロザメを捕食する「シャークハンター」シ…
  • 8
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中