緊迫するイスラエルとヒズボラの影で、イランが狙う「終わりなき消耗戦」と戦争拡大の危険性
The Coming War between Israel and Hezbollah
国連本部前でもイスラエルへの抗議活動が SELCUK ACARーANADOLU/GETTY IMAGES
<イスラエルは10万の戦闘員を擁するヒズボラとの全面戦争へ。ヒズボラはイランの代理勢力とされ、その影響はガザ戦争の比ではない>
ガザ戦争は最終局面に近づいている──イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はそう言った。
現にイスラエル軍の一部はパレスチナ自治区ガザから北の隣国レバノン国境へと移動している。レバノンにいるイスラム教シーア派組織ヒズボラとの緊張が危険なまでに高まっているからだ。
昨年10月にガザ戦争が始まって以来、イスラエル北部の住民はレバノン南部を拠点とするヒズボラからの絶え間ないロケット弾攻撃を浴びてきた。
既に6万1000人以上が住む家を追われ、死者は少なくとも28人。数え切れないほどの建物が破壊され、果樹園や森林の多くも焼け野原と化している。
レバノン国境付近に暮らすイスラエル人は、毎日のように防空壕への避難を繰り返している。政府は既に120基以上の移動式シェルターを配置しているが、現地からの報道によれば、さらに50基が運び込まれたという。
ガザのハマスとレバノンのヒズボラ。どちらもイスラム原理主義を掲げる組織だが、その実態は大きく異なる。ハマスはイスラム教スンニ派に属するが実利優先の組織で、少なくとも2011年に内戦が始まるまではシリアのシーア派系アラウィ派の政権と連携していたし、今もシーア派の領袖であるイランの全面的な支援を受けている。
イランも実利優先だから、イスラエルと戦うハマスには喜んで武器や訓練を提供する。ただしハマスを直接的に支配する立場にはない。
一方のヒズボラはイランの代理勢力であり、実質的にはイラン革命防衛隊の下部組織だ。ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララはレバント(中東の地中海東部沿岸地方の名称)における事実上のイラン総領事と言っていい。
ヒズボラはレバノンの有力政党でもあり、民兵組織としては10万の戦闘員を擁し、同国の正規軍をしのぐ存在だ。
目標は打倒イスラエル
ヒズボラの背後には常にイランがいる。そのイラン(ペルシャ人の国だ)が目指すのは中東からアメリカを追い出し、近隣の土地をアラブ人から奪い返すこと。
2003年にアメリカがイラクの少数派スンニ派政権を倒したときは、権力の空白に乗じてシーア派の民兵組織を動かし、イラクにイラン寄りの政権を樹立させている。
そんなイランにとって、イスラエルは中東地域における最大のライバルであり、仇敵アメリカの同盟国でもある。だから何としても排除したい。イランの最高指導者アリ・ハメネイは、1948年建国のイスラエルが建国80周年を迎えることはないと繰り返し「予言」してきた。
だが4月13日深夜のミサイルとドローンによる攻撃を除けば、イランは一貫してイスラエルとの直接対決を避けてきた。なぜか。1960年代までのエジプトがそうだったように、終わりなき消耗戦で徐々にイスラエルの首を絞めるという戦略を採用してきたからだ。
予備役の軍人が常に前線に立たされていたらイスラエル経済は成り立たず、自滅に向かう。そう思えばこそ、イランはイエメンのイスラム教シーア派組織フーシのような武装勢力をけしかけてイスラエル包囲網を築いてきた。
2006年にはイスラエル軍がレバノン領内に侵攻し、ヒズボラに大打撃を与えた。このときは国連安保理の決議に従う形で停戦が成立したのだが、その決議に盛り込まれた「ヒズボラの武装解除」が実行されることはなかった。
その後も散発的な砲撃戦は繰り返されたが、国境地帯ではおおむね平穏な状況が続いていた。イラン側にも、ヒズボラの軍事力を温存したい事情があった。そうすれば自国の核施設に対するイスラエルやアメリカのミサイル攻撃を抑止できると考えていた。
しかし、ここへきてイラン側の読みが変わったようだ。アメリカのバイデン政権は中東から手を引きたい一心で、イランの核施設に攻撃を仕掛ける可能性は後退した。イスラエルもガザ戦争で体力を消耗し、政府は国民から見放され、長期戦略の立案など不可能にみえる。
ならば今こそ、ヒズボラの軍事力にものをいわせる時期ではないか......。
現在までのところ、ガザ戦争がイスラエル経済に大きな打撃を与えた形跡はない。イスラエルの長期的な経済見通しについては投資家もおおむね楽観的だ。ただしレバノンでの本格的な戦闘となれば、その戦費負担はずっと重くなり、イスラエル経済に甚大な影響を及ぼす恐れがある。
一方のイランは、高濃縮ウランの生産を加速させるなど、強気一点張りだ。ヒズボラの指導者ナスララも、精鋭部隊をイスラエル北部のガリラヤ地方に侵攻させる用意があると警告。
地中海を行く船舶も攻撃できるし、独立国キプロスへの攻撃も辞さないと脅している(キプロスはEU加盟国で親イスラエル。国内にはイギリス軍の基地もある)。
ガザ戦争の比ではない
ナスララは、イスラエル北部の要衝ハイファを攻撃する可能性も示唆した。
ハイファは同国第3の都市で、国内人口の8分の1が居住し、重工業が集中している。最重要の港湾施設と海軍基地の所在地でもある。ハイファがやられたら、イスラエルは直ちにレバノンへ攻め込むことだろう。そうなれば全面戦争だ。
ヒズボラは今もイスラエルに向けて15万発のロケット弾の照準を合わせており、テルアビブやその周辺も射程内に入るという。そうであれば、対ヒズボラ戦のコストは現在のガザ戦争をはるかに上回るものになる。
当然、イスラエル経済には悲惨な影響が出るし、既に事実上の破綻国家となっているレバノン側の影響は一段と深刻だろう。
ヒズボラのミサイルの多くは、民間人が居住する地域の地下貯蔵施設に格納されている。そうしたミサイルの発射を未然に防ぐには、地下施設に素早く到達する必要があり、そのためには地上侵攻が不可欠だ。しかし、そうなれば多くのイスラエル兵が犠牲となり、巻き添えで命を落とす民間人の数も膨らむ。
全面戦争になれば、イランは大量の弾道ミサイルを発射してイスラエルの防空網を突破しようとするだろう。それが現実となって主要都市にミサイルが落ちたら、もうイスラエルは自制を求める声に耳を貸さなくなる。そこから戦火がどこまで拡大するかは、誰にも予測できない。
Michael Ben-Gad, Professor of Economics, City, University of London
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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