最新記事
ヘルス

H5N1鳥インフルエンザ変異株「ヒトからヒトへの感染」の可能性を懸念...ワクチン生産でモデルナと交渉も

2024年7月6日(土)20時41分
鳥インフルエンザの変異への懸念

鳥インフルエンザのまん延を追跡している科学者らは「調査が不十分で、新たな感染拡大への対策が後手に回ってしまうのではないか」という懸念を深めている。写真は「鳥インフルエンザ」というラベルが貼られた試験管。昨年1月撮影のイメージ写真(2024年 ロイター/Dado Ruvic/Illustration)

鳥インフルエンザのまん延を追跡している科学者らは「調査が不十分で、新たな感染拡大への対策が後手に回ってしまうのではないか」という懸念を深めている。鳥インフルエンザに関する有力な研究者十数人に対するロイターの取材で明らかになった。

研究者の多くは2020年以降、渡り鳥に見られる高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)の新たな変異株の発生を監視してきた。米国では12州で129の乳牛群に感染が広がっており、このウイルスがヒトからヒトへ感染するタイプに変異する可能性がある。アルパカからイエネコまで、他の哺乳類でも感染例が発見されている。


ペンシルベニア大学のスコット・ヘンスリー教授(微生物学)は「まるでスローモーションでパンデミック(世界的な大流行)が進行しているようだ」と語る。「現時点で脅威はかなり小さい。とはいえ、あっという間に状況が変わる可能性はある」

ヒトへの感染という警鐘が鳴らされるのが早ければ早いほど、世界各国の保健当局者は、ワクチン開発や大規模な検査、封じ込め措置の開始など、人々を守る対策を迅速に講じることができる。

今のところ、米国内のウシに対する連邦レベルでの調査は、ウシが州境を越えて出荷される際の検査にとどまっている。連邦政府の保健当局者とインフルエンザ感染拡大の専門家らはロイターの取材に対し、州レベルでの検査への取り組みには一貫性が欠けており、一方で感染牛に接触する人々の検査は不十分だと語った。

オランダのエラスムス医療センター(ロッテルダム)に所属するインフルエンザウイルス研究者、ロン・フーシェ氏は「どの牧場で感染が見られるか、陽性となったウシの数、ウイルスの感染力、ウシの感染が続く期間、そして正確な感染経路を把握する必要がある」と語る。

米国立アレルギー感染症研究所所長のジャンヌ・マラッツォ博士は、ヒトを対象とした調査は「きわめて限定的なものにとどまっている」と述べた。

所長は米疾病対策センター(CDC)のヒトインフルエンザ調査ネットワークについて「報告・発表のメカニズムがあまりにも受け身だ」と評した。農務省の方がより積極的にウシの検査を進めているものの、感染が発生している牧場を公表していないという。

複数の専門家は、動物の防疫機関と、人間を対象とする保健機関との間でアプローチが異なるせいで、迅速な対応が難しくなりかねないと指摘する。

ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターでバイオセキュリティーを研究するジジ・グロンバル氏は「制度をゼロから設計するなら、1つの機関に集約されるだろう」と語る。「環境や動物の問題がヒトに関する問題につながる例は、鳥インフルだけではない」

農務省の広報官は、CDCなど関係機関とともに「24時間体制」で「政府一丸となった対応」に取り組んでいると説明。現在進めている調査によれば、「米国の食糧供給は引き続き安全であり、感染したウシはおおむね数週間で回復し、人間にとっての健康リスクは依然として低い」と続けた。

CDCはある声明で「農務省および全米の州・地方保健当局は、20年近くにわたり新型インフルエンザウイルス出現への備えを進めており、ウイルスのほんのわずかな変異にも監視を怠っていない」と述べている。

<「注意は喚起したいが......」>

パンデミックの中には、新型コロナウイルス感染症を含め、ほとんど予兆なく始まるものもある。だが、2009年にH1N1型ウイルスが引き起こした前回のパンデミックでは、それに先立つ変異株も含めて最初は動物の間で数年間まん延していた。この際に監視を強化していれば、保健当局は準備ができただろうとヘンスリー教授は言う。

今年3月以降、米国では乳牛との接触があった3人がH5N1型鳥インフルエンザについて陽性となったが、いずれも症状は軽かった。メキシコでも、従来ヒトへの感染が見られなかった別のH5型株の感染者が1人出たが、動物との接触は確認されていない。さらにインド、中国、オーストラリアでも、別の株への感染例が報告されている。

世界保健機関(WHO)では、H5N1型ウイルスがヒトからヒトへ感染するとのエビデンス(根拠)はなく、ヒトにとってのリスクは低いとしている。状況が変化した場合、量は限られているものの既存のH5N1対応ワクチンや、タミフルなどの抗ウイルス薬など、対応手段はいくつかある。

WHOグローバル・インフルエンザ・プログラムの責任者である張文青氏によると、必要に応じて、検査試薬、治療薬、ワクチンの生産規模を拡大する仕組みは整っているという。

これだけ懸念があるのだから、ヒトへの感染拡大に対する準備を開始するべきだと主張する専門家もいる。だが、官民連携でワクチン開発を推進する国際団体、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)のリチャード・ハチェット最高経営責任者(CEO)によれば、対応の中でどのような役割を担うかによって、行動に踏み切るきっかけは変わってくるという。

CEPIは新型コロナワクチンの開発資金調達にも早くから取り組んだが、現在はH5N1型ウイルスに関して研究パートナーと協議を進めている。

その上で、パンデミックにつながりかねない病原体に対応するプロトタイプワクチンのライブラリー構築を目指している。こうしたライブラリーがあれば、感染拡大が始まってから100日以内に製薬会社が大規模なワクチン生産を開始し、必要に応じてワクチンを配布する上で有益だろう。

すでにH5N1型ウイルスから国民を保護する対策を始めている国もある。米国と欧州は、農場労働者や研究所職員といった「高リスク」集団に対して使用する想定で、「パンデミック前」投与分のインフルエンザワクチンを確保している。フィンランドは世界に先駆けて、毛皮動物・家禽(かきん)類飼育場の従業員、さらには動物医療対応従事者への予防接種を実施する予定だ。

WHOの張氏は、ワクチンの利用拡大には課題もあると指摘する。想定されるパンデミックに備えたインフルエンザワクチンの製造企業は、一方では季節性インフルエンザに備えたワクチンも製造しており、併行することはできないという。

インフルエンザワクチンの大半は鶏卵内で培養したウイルスを使って製造されるため、パンデミック対応のワクチン生産には最長で6カ月が必要になる。米国は、インフルエンザの大流行に備えたワクチンのために、より迅速な生産につながるmRNA(メッセンジャーRNA)技術を利用できないか、米医薬品大手モデルナと交渉中だ。

専門家は、脅威の除去に向けた迅速な行動の一方で、過剰反応を回避するバランス感覚が必要だと声をそろえる。

英保健安全保障庁に助言している、インペリアル・カレッジ・ロンドンの鳥インフルエンザ研究者ウェンディ・バークレイ氏は「注意を喚起したいとは考えているが、人類が滅亡するなどと騒ぎ立てるつもりはない」と話した。

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2024トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本の小説36
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月16日/23日号(9月9日発売)は「世界が尊敬する日本の小説36」特集。優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ノボノルディスク肥満治療薬、睡眠障害など幅広い用途

ワールド

インドネシア国会、中銀の成長支援役割強化などで法改

ワールド

米FDA、イーライリリーやノボなどに警告書 医薬品

ワールド

インドネシア、EUと貿易協定で合意 来週署名へ=閣
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 8
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中