H5N1鳥インフルエンザ変異株「ヒトからヒトへの感染」の可能性を懸念...ワクチン生産でモデルナと交渉も
鳥インフルエンザのまん延を追跡している科学者らは「調査が不十分で、新たな感染拡大への対策が後手に回ってしまうのではないか」という懸念を深めている。写真は「鳥インフルエンザ」というラベルが貼られた試験管。昨年1月撮影のイメージ写真(2024年 ロイター/Dado Ruvic/Illustration)
鳥インフルエンザのまん延を追跡している科学者らは「調査が不十分で、新たな感染拡大への対策が後手に回ってしまうのではないか」という懸念を深めている。鳥インフルエンザに関する有力な研究者十数人に対するロイターの取材で明らかになった。
研究者の多くは2020年以降、渡り鳥に見られる高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)の新たな変異株の発生を監視してきた。米国では12州で129の乳牛群に感染が広がっており、このウイルスがヒトからヒトへ感染するタイプに変異する可能性がある。アルパカからイエネコまで、他の哺乳類でも感染例が発見されている。
ペンシルベニア大学のスコット・ヘンスリー教授(微生物学)は「まるでスローモーションでパンデミック(世界的な大流行)が進行しているようだ」と語る。「現時点で脅威はかなり小さい。とはいえ、あっという間に状況が変わる可能性はある」
ヒトへの感染という警鐘が鳴らされるのが早ければ早いほど、世界各国の保健当局者は、ワクチン開発や大規模な検査、封じ込め措置の開始など、人々を守る対策を迅速に講じることができる。
今のところ、米国内のウシに対する連邦レベルでの調査は、ウシが州境を越えて出荷される際の検査にとどまっている。連邦政府の保健当局者とインフルエンザ感染拡大の専門家らはロイターの取材に対し、州レベルでの検査への取り組みには一貫性が欠けており、一方で感染牛に接触する人々の検査は不十分だと語った。
オランダのエラスムス医療センター(ロッテルダム)に所属するインフルエンザウイルス研究者、ロン・フーシェ氏は「どの牧場で感染が見られるか、陽性となったウシの数、ウイルスの感染力、ウシの感染が続く期間、そして正確な感染経路を把握する必要がある」と語る。
米国立アレルギー感染症研究所所長のジャンヌ・マラッツォ博士は、ヒトを対象とした調査は「きわめて限定的なものにとどまっている」と述べた。
所長は米疾病対策センター(CDC)のヒトインフルエンザ調査ネットワークについて「報告・発表のメカニズムがあまりにも受け身だ」と評した。農務省の方がより積極的にウシの検査を進めているものの、感染が発生している牧場を公表していないという。
複数の専門家は、動物の防疫機関と、人間を対象とする保健機関との間でアプローチが異なるせいで、迅速な対応が難しくなりかねないと指摘する。
ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターでバイオセキュリティーを研究するジジ・グロンバル氏は「制度をゼロから設計するなら、1つの機関に集約されるだろう」と語る。「環境や動物の問題がヒトに関する問題につながる例は、鳥インフルだけではない」
農務省の広報官は、CDCなど関係機関とともに「24時間体制」で「政府一丸となった対応」に取り組んでいると説明。現在進めている調査によれば、「米国の食糧供給は引き続き安全であり、感染したウシはおおむね数週間で回復し、人間にとっての健康リスクは依然として低い」と続けた。
CDCはある声明で「農務省および全米の州・地方保健当局は、20年近くにわたり新型インフルエンザウイルス出現への備えを進めており、ウイルスのほんのわずかな変異にも監視を怠っていない」と述べている。
<「注意は喚起したいが......」>
パンデミックの中には、新型コロナウイルス感染症を含め、ほとんど予兆なく始まるものもある。だが、2009年にH1N1型ウイルスが引き起こした前回のパンデミックでは、それに先立つ変異株も含めて最初は動物の間で数年間まん延していた。この際に監視を強化していれば、保健当局は準備ができただろうとヘンスリー教授は言う。
今年3月以降、米国では乳牛との接触があった3人がH5N1型鳥インフルエンザについて陽性となったが、いずれも症状は軽かった。メキシコでも、従来ヒトへの感染が見られなかった別のH5型株の感染者が1人出たが、動物との接触は確認されていない。さらにインド、中国、オーストラリアでも、別の株への感染例が報告されている。
世界保健機関(WHO)では、H5N1型ウイルスがヒトからヒトへ感染するとのエビデンス(根拠)はなく、ヒトにとってのリスクは低いとしている。状況が変化した場合、量は限られているものの既存のH5N1対応ワクチンや、タミフルなどの抗ウイルス薬など、対応手段はいくつかある。
WHOグローバル・インフルエンザ・プログラムの責任者である張文青氏によると、必要に応じて、検査試薬、治療薬、ワクチンの生産規模を拡大する仕組みは整っているという。
これだけ懸念があるのだから、ヒトへの感染拡大に対する準備を開始するべきだと主張する専門家もいる。だが、官民連携でワクチン開発を推進する国際団体、感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)のリチャード・ハチェット最高経営責任者(CEO)によれば、対応の中でどのような役割を担うかによって、行動に踏み切るきっかけは変わってくるという。
CEPIは新型コロナワクチンの開発資金調達にも早くから取り組んだが、現在はH5N1型ウイルスに関して研究パートナーと協議を進めている。
その上で、パンデミックにつながりかねない病原体に対応するプロトタイプワクチンのライブラリー構築を目指している。こうしたライブラリーがあれば、感染拡大が始まってから100日以内に製薬会社が大規模なワクチン生産を開始し、必要に応じてワクチンを配布する上で有益だろう。
すでにH5N1型ウイルスから国民を保護する対策を始めている国もある。米国と欧州は、農場労働者や研究所職員といった「高リスク」集団に対して使用する想定で、「パンデミック前」投与分のインフルエンザワクチンを確保している。フィンランドは世界に先駆けて、毛皮動物・家禽(かきん)類飼育場の従業員、さらには動物医療対応従事者への予防接種を実施する予定だ。
WHOの張氏は、ワクチンの利用拡大には課題もあると指摘する。想定されるパンデミックに備えたインフルエンザワクチンの製造企業は、一方では季節性インフルエンザに備えたワクチンも製造しており、併行することはできないという。
インフルエンザワクチンの大半は鶏卵内で培養したウイルスを使って製造されるため、パンデミック対応のワクチン生産には最長で6カ月が必要になる。米国は、インフルエンザの大流行に備えたワクチンのために、より迅速な生産につながるmRNA(メッセンジャーRNA)技術を利用できないか、米医薬品大手モデルナと交渉中だ。
専門家は、脅威の除去に向けた迅速な行動の一方で、過剰反応を回避するバランス感覚が必要だと声をそろえる。
英保健安全保障庁に助言している、インペリアル・カレッジ・ロンドンの鳥インフルエンザ研究者ウェンディ・バークレイ氏は「注意を喚起したいとは考えているが、人類が滅亡するなどと騒ぎ立てるつもりはない」と話した。
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