最新記事
イラン

「何人でもいる」...ライシ大統領の死の影響がほぼゼロなのはなぜか

CRISIS OR CONTINUITY

2024年5月31日(金)14時40分
アリ・マムーリ(豪ディーキン大学研究員)
手を組むロシアのプーチン大統領、イランのライシ大統領、トルコのエルドアン大統領

イランの首都テヘランで手を組むロシアのプーチン大統領、ライシ、トルコのエルドアン大統領(2022年7月) SERGEI SAVOSTYANOVーSPUTNIKーPOOLーREUTERS

<経済制裁とイスラエルとの「影の戦争」は続くが、中東と中ロへの接近政策は新大統領でも変わらない理由と「遺産」について>

イブラヒム・ライシ大統領の死は、イラン・イスラム共和国史上、最も困難な時期の1つに起きた。

ライシはイラン政治指導層の中枢として、国内政策に大きな影響力を持っていた。中東地域内のライバル国との関係改善を目指すイランの最近の動きの中心人物でもあった。その不在は国内の情勢に、そして近隣の国々との関係においてどのような意味を持つだろうか?

ライシ政権は非常に保守的で、最高指導者アリ・ハメネイ師と密な関係にあった。両者の間には衝突や意見の相違はほとんどなく、過去の政権が最高指導者と一定の距離や緊張感を持っていたのとは対照的だ。

ライシはまた、最高指導者の座を35年間務めてきた85歳のハメネイの有力な後継者候補の1人とも見なされていた。保守層に広範な影響力を持ち、イラン指導部の未来を形作る上で重要な人物だったのだ。しかしライシは国内外に課題を残しつつ、任期満了まであと1年というタイミングで死んでしまった。

そもそもイランは、その核開発計画に対してアメリカが科した厳しい制裁下にある。制裁は経済に大きいダメージを与え、人々の生活に深刻な影響を及ぼしている。

またライシ政権下では、2022年9月に「道徳警察」に逮捕された22歳のマフサ・アミニの死をきっかけに、女性の自由をめぐる同国史上最も大きな抗議運動の1つが繰り広げられた。ほかにも国内のさまざまな地域で、主に経済危機や政府の国内政策をめぐるデモが起きている。

さらに、今年3月の議会選の投票率は過去最低だった。その結果として、ライシの死から50日以内に実施が義務付けられている大統領選は、公的な正統性に乏しい体制側にとって大きな挑戦となるだろう。

加えて、最近のイスラエルとの「影の戦争」の激化は深刻な安全保障上の懸念をもたらすとともに、多くの陰謀論も生み出している。ライシの墜落死をめぐっても電子戦やドローン攻撃、さらにはイスラエルによる地上攻撃の結果であるとする噂が広まっている(国営イスラム共和国通信は、墜落の原因を「技術的故障」だったと報じている)。

歴史から読み解く次期大統領

しかしこれらの問題にもかかわらず、イランの権力の力学の性質により、新政権への権力移行が国の安定に大きな影響を与える可能性は低い。イランの政治システムは最高指導者の下、相互に関連した複数の集団で構成されている。主なプレーヤーを1人失っても、その穴を埋められる他のプレーヤーが何人もいる場合、大きな混乱は生じない。

選挙が行われるまではモハマド・モクベル第1副大統領が大統領代行を務める。その間、ハメネイに近い保守グループが、波風を最小限に抑えた円滑な政権移行を目指し、彼らにとって好ましい大統領候補を選ぶだろう。ハメネイはX(旧ツイッター)に次のように投稿している。「行政が混乱することはないので、国民は気をもむ必要はない」

「行政が混乱することはないので、国民は気をもむ必要はない」と呼びかけたハメネイの投稿

一方、歴史的に分析してみると、イランの指導層は保守派と改革派や穏健派が交互に登板してきたパターンが見られる。それがイラン政治にバランス感覚を生み出し、政権の公的正統性を高めてきたといえる。

従って、たとえライシの後継者が保守グループによって内々に指名され、支持されるとしても、その人物はより穏健な立場をある程度、体現する可能性はある。現国会議長のモハマド・バケル・ガリバフや元議長のアリー・ラリジャニなどはどちらも保守穏健派で、この筋書きでは適任となるだろう。

ライシは在任中、外交政策を中東寄りにシフトし、それを最優先事項としてきた。これは西側諸国との関係正常化を優先したハサン・ロウハニ前大統領の時代からの転換だった。

例えばライシ時代、イランはイラクなどの仲介でサウジアラビアと5回にわたり交渉し、昨年3月の歴史的な両国の関係正常化につながった。

当時、イラク首相の戦略コミュニケーション担当顧問を務めていた筆者には、イランが近隣諸国と戦略的・長期的かつ強固な関係を築くことに真剣なのは明らかだった。

こうした姿勢での交渉の結果、イエメンにおける長期にわたる内戦は終結に向かい、アラブ諸国とシリアの関係正常化は促進され、イラクの安定強化にも貢献した。

さらにイランは最近、イラクの再びの後押しでヨルダンおよびエジプトと実質的な交渉に入っている。これらの取り組みは、この地域を長年支配してきた宗派間の対立を乗り越え、より大きな協力関係の基礎を築く機会をもたらしている。

newsweekjp_20240531021546.jpg

ライシは親中路線を主導した(中国の習近平との北京での会談、23年2月) IRAN'S PRESIDENT WEBSITEーWANAーREUTERS

またライシの任期中、ハメネイ主導の戦略的かつ長期的な「東方」への方向転換の下、イランは中国とロシアとの関係を深めた。一方、ロウハニ時代とは交渉戦術が異なるものの、核開発計画をめぐって西側諸国との対話も続けていた。

イランの外交政策は新大統領の下でも変わらないだろう。墜落事故で外相も落命したことを受けて外相代行に任命されたアリ・バゲリ・カニ副外相は、ライシ政権下の核交渉で重要な役割を担ってきた人物だ。この人事は外交政策の継続性を強化するものだといえる。

さらにイランと近隣諸国との接近は、孤立状態からのより恒久的な移行を示唆している。関係改善の機運は短期的には続く見込みだ。

 

The Conversation

Ali Mamouri, Research fellow, Middle East studies, Deakin University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 世界最高の投手
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月18日号(11月11日発売)は「世界最高の投手」特集。[保存版]日本最高の投手がMLB最高の投手に―― 全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の2025年

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 3
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...その正体は身近な「あの生き物」
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    「腫れ上がっている」「静脈が浮き...」 プーチンの…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中