最新記事
中東

「人質斬首」イスラム国はまだ終わっていない

The Never-Ending Story

2024年2月8日(木)16時38分
伊藤めぐみ(ジャーナリスト)

ito_web240208b.jpg

アルホルキャンプの粗末なテント。イラクに比べてシリアの刑務所やキャンプは劣悪な環境にある XINHUA/AFLO


「元イスラム国」が出所後に直面する困難

ハーシムによれば今、一番の課題は刑務所とは別にあるという。

「出所後に元囚人が地域の人々から拒絶されている」

この問題はイラク北部の街モスルで顕著に見られた。モスルはISがイラク側の拠点として支配した場所でもある。

市内にある青少年更生施設を訪ねた。ここには9歳から22歳の青少年340人が収容され、うち250人がIS関連の罪で服役している。

建物の中には若者たちが描いた絵が飾られ、清掃も行き届いていた。職員も囚人たちの表情も比較的明るい。大人に比べて青少年には支援が届きやすいため、複数のNGOによって教育、アートセラピー、カウンセリング、出所後のフォローアップが実施されている。

案内された二段ベッドの並ぶ居房には、青い制服を着た30人ほどの若者たちが整列して座り、こちらを見ていた。インタビューすることは許されなかったものの、聞いていなければ彼らがISにいたとは想像できないほど敵意のない、あどけない顔をしていた。

17年に別の更生施設で取材した際も、「父親とけんかして家出してISに入った」「家族がISに攻撃されそうだったので忠誠心を示すために入った」という、過激さとは関係のない理由で参加した10代の若者たちもいた。

しかしながら、ハーシムが述べたように、問題は刑務所の外にある。更生施設で支援活動を行うNGOハートランド・アライアンスの弁護士ファラハ・サフィーはこう解説した。

「刑務所を出て家に帰っても地域社会から『元イスラム国』ということで受け入れられず、自殺してしまった子がいた。就ける仕事も限られ、ゴミ山で鉄くず拾いをしている人が多い」

イラクはISを生み出した場所であると同時に、最もISの被害を受けた場所の1つでもある。住民の中には家族を殺され、住む場所を破壊された人たちがたくさんいる。

IS支配以前、シーア派中心の政府の統治方法にスンニ派住民は不満を抱いていた。ISが出現した時、ISのことを、「イラク政府の圧政から救ってくれる救世主かもしれない」と支持してしまった人々もいた。次第にISは残酷な姿を見せるようになり、人々の心は離れていったが、同じ家族や近所の人たちの間でも支持、不支持と立場が分かれてしまったのである。

中部ファルージャ近郊出身の20代の女性は、夫と義理の兄がISに入っていたという。

「夫はイラク政府に不当に拘束された女性たちを解放するための戦いだと言っていた。私は止めたけれども、夫の考えは変わらなかった。それで夫と離婚したけれど、彼のことが原因で仕事が何度も不採用になった」

ISの被害者の多くは、元IS関係者が出所して自分の近所に戻ることをよく思わない。たとえその人物が殺人を犯してはいなくても、IS関係者だったことへの嫌悪感がある。出所者は、「元ISメンバーだ」というスティグマ(社会からの烙印)に苦しむことになるのだ。

32歳の息子がISに加わった容疑で捕まっている女性は、「息子は無実。でも、もう10年刑務所にいる。近所の人も無実だと知っているはずなのに、私とは関わらないようにしているのが分かる」と話す。出所者は、関係者家族よりもさらに厳しい視線にさらされるのは容易に想像がつく。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英政府借入額、4─10月はコロナ禍除き最高 財政赤

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、11月速報値は52.4 堅調さ

ビジネス

英総合PMI、11月速報値は50.5に低下 予算案

ビジネス

仏総合PMI、11月速報値は49.9 15カ月ぶり
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 5
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 9
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 10
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中