最新記事
中東

イエメン・フーシ派空爆は中東の緊張を高めるだけ、「ある条件」なしには成功しない理由

Igniting a Powderkeg

2024年1月31日(水)11時40分
ジェームズ・ホーンキャッスル(カナダ・サイモン・フレーザー大学国際関係学助教)
フーシ派空爆は火に油を注ぐ愚行

昨年11月、紅海航行中の貨物船ギャラクシー・リーダーに乗り込むフーシ派戦闘員 HOUTHI MILITARY MEDIAーREUTERS

<イエメン・フーシ派は、紅海で船舶への攻撃を続ける。米英軍はフーシ派への空爆作戦を行うが効き目はなく、ガザ戦争の拡大阻止という目標に逆行している>

アメリカとイギリスが、イエメンへの空爆に乗り出した。攻撃の標的は、イスラム教シーア派武装組織フーシ派だ。

イエメン内戦の当事者であるフーシ派は、昨年11月からアフリカ大陸とアラビア半島に挟まれた紅海で船舶への攻撃を続けている。

対抗措置として、米英軍は今年1月中旬に空爆作戦を開始。だが効き目はなく、フーシ派は今も紅海周辺で船舶を攻撃している。

さらに、フーシ派拠点への空爆継続によって、中東の緊張状態は間違いなく悪化する。

船舶攻撃はイスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの地上侵攻や封鎖措置を受けたもので、攻撃しているのはイスラエル関連の船舶だと、フーシ派は主張している。

イスラエルのガザ攻撃は国際社会の批判を浴び、中東では既にイスラエル寄りのアメリカの評判はガタ落ちだ。そうしたなか、今回のイエメン空爆は思いがけない結果を引き起こしつつある。

イエメン内戦は、世界で最も長引く紛争の1つだ。フーシ派が首都サヌアを制圧したのは2014年。

その後に勃発した内戦には対立する政権側とフーシ派以外にも、複数の勢力が加わった。

なかでも、政権を支援するサウジアラビアの介入と国境の封鎖措置は、イエメンが今も苦しむ飢餓・食料不安の一因になった。

内戦勃発当初から、フーシ派はイランの支援を受けている。イランの動機は、イデオロギーと地政学の両面だ。

フーシ派への軍事援助は否定しているものの、観測筋の一致した見解によれば、現在も兵器などの提供を続けている。

多国間の取り組みを無視

紅海とアデン湾を結ぶバベルマンデブ海峡にアクセスできるフーシ派は、イランにとって極めて重要な同盟相手だ。

この狭い海峡は、世界の海上貨物・原油輸送量の多くを扱う。同海峡を避けアフリカ回りの航路を取る選択肢はあるが、海運業者や船主、そして消費者のコスト負担が増える。

イスラエルのガザ攻撃以来、フーシ派によるバベルマンデブ海峡付近での船舶攻撃は増加した。

もっとも、昨年11月に紅海で貨物船を拿捕した事件を除けば、その大部分は不首尾に終わっている。

海賊行為は大昔から海上輸送の悩みのタネだ。だが現代では、多国的な枠組みによる対応で、その影響を抑え込むことにおおむね成功している。

ソマリア沖や東南アジア海域にあるマラッカ海峡では、多国間の取り組みのおかげで海賊の脅威は大幅に減った。

こうした成功例を考えれば、ロイド・オースティン米国防長官が昨年12月に発表した多国間イニシアチブは、紅海とアデン湾の安全保障や航行の自由の確保において現実的で、問題解決の見込みが高い対策だった。

ただし、この手の取り組みは効果が出るまでに時間がかかるが、アメリカは我慢できなかった。

米軍主導の空爆は「ある条件」なしには成功しない。

イエメンの近隣国、特にサウジアラビアの地上での圧力強化だ。だが、イエメンからの出口を探るサウジアラビアが協力することはないだろう。

中東でイスラエルへの怒りが高まり、フーシ派がイスラエル攻撃を宣言するなか、フーシ派との対決はサウジアラビア政府にとって政治的に危険な行為になりかねない。

中東でアメリカに協力する国はないと心得るフーシ派は、空爆後も紅海での船舶攻撃の継続を宣言し、その脅しを実行している。

ジョー・バイデン米大統領は、空爆は商船や艦船の保護に必要ではあるものの、期待した効果を上げていないと認める羽目に陥った。

240206p42_FSH_02v2.jpg

サヌアで行われたフーシ派戦闘員の葬列 KHALED ABDULLAHーREUTERS

攻撃の応酬が加速する

国際規範や国際法は、誰もが遵守する場合に限って有効だ。

アメリカによるイエメンの主権侵害ともいえる今回のケースのように、ある国が違反に踏み切ったとき、最も大きな脅威にさらされる。

その事実を浮き彫りにしたのが、米英による空爆後のイランの反応だ。

フーシ派を重要なパートナーに位置付けるイラン政府は、行動に出る必要があると考えたのか、イラクやシリアにミサイルでの越境攻撃を実施。

イラクへの攻撃は、イスラエル情報機関の拠点が標的だったと主張する。

中東の安定性に与える影響を考えれば不安になる出来事だが、それだけではない。イランは友好国であるパキスタン領内を空爆し、パキスタンによる報復攻撃を招いた。

幸いなことに、攻撃は国家に対するものではなく、互いの国を拠点とするテロ組織が標的だと、両国は強調する。

とはいえパキスタンでは、イムラン・カーン元首相が22年4月に軍部との対立で失職した後、政治的に不安定な状態が続いている。

2月に総選挙を控えるなか、弱腰というイメージを与えるのは軍部にとって論外で、事態がエスカレートする可能性は否めない。

イスラエルのガザ侵攻以来、ほぼ全ての関係者、特にアメリカは紛争の地域的拡大を阻止しようとしてきた。

だが今年に入ってからの出来事は、シリアの首都ダマスカスへのイスラエルの空爆や、親イラン武装組織によるイラクの空軍基地攻撃で駐留米軍兵士が負傷した事件と併せて、この目標の実現を難しくしている。

海上での多国間の取り組みを放棄して空からの攻撃に踏み切ったアメリカと同盟国は、うかつにも避けたかったはずの状況を自らつくり出しているのかもしれない。

The Conversation

James Horncastle, Assistant Professor and Edward and Emily McWhinney Professor in International Relations, Simon Fraser University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、出産費用「自己負担ゼロ」へ 人口減少に歯止め

ワールド

ロシア中銀、ユーロクリアを提訴 2300億ドルの損

ワールド

中国が岩崎元統合幕僚長に制裁、官房長官「一方的措置

ビジネス

フジHD、33.3%まで株式買い増しと通知受領 村
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中