「次世代のスー・チー」が語る本家スー・チーの価値と少数民族乱立国家ミャンマーの未来
曖昧な地帯に暮らす流浪の民たち
タイ警察の中でこの街への赴任がいちばん人気なのは、こづかいに困れば適当に街を出て歩いているミャンマー人に「声をかけ」れば、いくらでも収入になるからだ、という陰口も聞いた(かといって実際は警察官を見かける機会は非常に少なかったが)。以前は歩いて越える人も多かったと言われる細い川でしか隔てられていないこの街の人口は、ミャンマーを脱出した人の増加によって40%以上も増えたともいわれる。
ミャンマーには135の少数民族がいるとされる。この街に逃げ込んだ人々もまた多様で、元々その地域に多いカレン族やタイ人(タイ族)だけではなく、最大勢力のビルマ族、地図上は真逆のミャンマー西側に位置するラカイン州から逃げてきたロヒンギャ族など、田舎であるにも関わらず街を歩いて見かける人種の幅が非常に広い。それぞれ信じる宗教も違い、モスクと寺院と教会とが狭い街中にいくつも見られる。れっきとしたタイ領内であるにもかかわらずミャンマー語の看板も多く、飲食店の店員の中にはタイ語がわからない人さえおり、時にここがタイなのかミャンマーなのかが曖昧になる。
とはいえ、彼らは夜闇に紛れてこの街に来さえすれば自由になれるわけではない。タイには通称無国籍証(または山岳民族証)という無国籍者向けの10年有効な身分証制度があり、ミャンマー人はこれか、より取得しやすいが1年毎に更新が必要な通称ピンクカードを申請することが多い。しかしどちらにせよ他地域への旅行や就労は事前申告制で厳しく制限され、結局街から外に出ることは非常に難しい。シュンレイ・イーはこれを利用してタイ国内でのイベントやワークショップに参加していると語っていたが、それは彼女の知名度が為せる技だろう。
ミャンマーとの主要な接点のひとつであることも手伝って、街の規模にしては外国人の姿も目立つ。NGOが建てた現地の病院には韓国人の医師がおり、亡命ミャンマー人を支援するNGOでは英国人が働いていた。ある晩夕食の列に並んでいた時に横にいたのはパキスタン人で、なんと日本にいる親族から中古車を仕入れ、ミャンマー国内の顧客に売っているという。前述のマフィアが拠点に向かう中継地点でもあるので中国人も多く、マッチングアプリで男性を探すとそうした怪しい雰囲気の人ばかりが出てくる。ちなみにこの詐欺の拠点のエピソードは中国で映画化され一気に有名になり、コロナ前に年間1000万人以上いた訪タイ中国人観光客が今年1/4にまで落ち込んだ原因のひとつにもなったといわれる。真っ当な中国資本も周辺で開発を行っており、そこでは多くのインド人が働く。多様な外国人が流入するこの田舎の小さな街は、国に戻ることもできない彼らにとっては世界のすべてなのだ。