ミャンマー軍政が非常事態宣言を半年延長、総選挙実施も延期へ 一方でスー・チーに一部恩赦も発表
今も続く民主派抵抗勢力との戦闘
今回の非常事態宣言の延長の主要因となった国内の治安状況だが、武装市民組織「国民防衛軍(PDF)」が東部カヤ―州や北部ザガイン地方域、カチン州などで軍や警察との対決姿勢を強めており、双方に多大な犠牲が出る事態が続いている。
と同時に思うように治安回復が実現しない軍兵士が焦燥感から無実、無抵抗、非武装の一般住民に対して行う暴力、虐殺といった人権侵害事件も深刻化している。
さらに国境周辺では軍政と対決する少数民族抵抗組織との戦闘も続いているのが現状だ。
軍は戦闘機や爆撃機、ヘリコプターなど確保している制空権を利用してPDFの拠点さらに学校や仏教施設などへの空からの攻撃で戦局を有利にしようとしている。しかし陸上ではPDFなどが軍の車列への地雷攻撃や待ち伏せ攻撃といったゲリラ戦法で軍に「出血」を強いており、各戦線は膠着状態に陥っているともいわれている。
そうした事態が軍政のさらなる焦りを招いているのは間違いなく、今回の非常事態宣言の半年延長でも今後治安状況が劇的に変化する可能性は未知数だ。
ASEANも方針変更の兆し
ミャンマーも加盟する地域連合組織「東南アジア諸国連合(ASEAN)」はこれまで2021年4月に開催したASEAN緊急首脳会議で出席したミン・アウン・フライン国軍司令官も合意した議長声明「5項目の合意」を和平仲介の原則として軍政と交渉に当たってきた。
しかし軍政は「5項目の合意」のうち「武力行使の即時停止」と「関係者全てとASEAN特使の面会」について断固として拒否する姿勢を示し、ASEANの和平仲介交渉は実質的な進展のないまま行き詰っていた。
こうした中で7月9日のスー・チー氏とタイのドーン外相の直接面会が実現した。従来ASEANが求めていた「関係者すべてとの面会」を実現し、軍政側はASEANに対しても「柔軟姿勢」を示した形となり、今後の交渉を有利に運びたいとの意向を示したともいえる。
またASEAN側もこれまでインドネシア、シンガポールと並んで対ミャンマー強硬派だったマレーシアのアンワル・イブラヒム首相が7月26日、マレーシアを訪問したフィリピンのマルコス大統領との首脳会談後の記者会見で「隣接する各国には人権問題と特にロヒンギャ族などの少数民族の待遇問題を犠牲にしないことを前提に、軍政と非公式に接触する柔軟性も考慮した」ことを明らかにしたのだった。
これはこれまで交渉相手として断固として拒否してきた軍政と「非公式」ながら接触することをASEAN側に容認するという趣旨ととらえられ、マレーシアの対ミャンマー姿勢の変化といえるものだ。
このように軍政、ASEANの双方が事態打開に向けた道筋を模索しようと始動する中で延長された今回の軍政による非常事態宣言。これが今後ASEANとの交渉にどう影響するのか、ミャンマー問題は新たな局面を迎えようとしている。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など