最新記事

医療

アルツハイマー新薬「ささやかな効果」と「大きすぎるリスク」

A Promising New Drug?

2022年12月22日(木)15時26分
リッチー・ウィリアムソン(英ブラッドフォード大学准教授)、スチュアート・ディケンズ(同大学研究助手)
アルツハイマーのイメージ

WILDPIXEL/ISTOCK

<期待の治療薬「レカネマブ」は承認に近づいたが、不安要素がまだ残る>

アルツハイマー病の進行を抑える初めての薬が誕生した。この新薬「レカネマブ」は、アルツハイマー病の原因とされる脳内のアミロイドβタンパク質を除去する働きがある。

今回の臨床第3相試験(臨床試験の最終段階)では、レカネマブを投与するグループと偽薬を投与するグループを半々に分けた。試験開始から18カ月後、レカネマブ投与群では記憶や判断力などの症状の悪化が27%抑制されていた。

アルツハイマー病治療の大きな一歩であることは確かだが、問題もある。新薬の効果は大きいとは言えず、一方で安全性には疑問符が付く。

今回の試験は欧米や中国、日本で、早期アルツハイマー病と診断された1795人を対象に実施。レカネマブもしくは偽薬を無作為に、2週間おきに投与した。

病気の進行は、患者の認知機能と自立して生活する能力を測る臨床認知症評価法を使って追跡。18カ月後、スコアはレカネマブ投与群でも偽薬投与群でも下がったが、低下の割合はレカネマブ投与群のほうが小さかった。ただしその差は、健常から深刻な病状までの18ポイントの評価軸の中で0.45ポイント分。統計学的には有意だが、大きくはなかった。

試験で見られた効果の意味を疑問視する専門家もいる。ユニバーシティー・カレッジ・ロンドンのロブ・ハワード教授(老年精神医学)は「発表された試験結果は、臨床的に意義のある治療効果を示すものではない」と言う。

同じ試験でアミロイドβとタウという2種類のタンパク質の蓄積量を調べたところ、レカネマブ投与群の蓄積量は偽薬投与群より少なく、しかもアミロイドβの値はアルツハイマー病と診断される水準を下回った。だが脳細胞の死を示すマーカーに変化はなく、アミロイドβの役割が病気の複雑なメカニズムの一部にすぎないことがうかがわれる。

死者2人という報道も

レカネマブ投与群の26.6%には、副作用と思われる脳の浮腫や出血が見つかった。医学ニュースサイトのSTATは、この試験でレカネマブを投与された男性が脳出血で死亡したと伝え、抗凝血剤を服用していたことと関係があるのではとの見方を示した。

その少し後には、科学誌サイエンスが試験参加者の2人目の死を伝えた。こちらは脳卒中の治療を受けた後だった。

注意したいのは、この試験に参加したのが、脳内や髄液に一定量のアミロイドβが確認された患者だけだという点。確認には放射断層撮影法スキャンか腰椎穿刺が必要だが、例えばイギリスではアルツハイマー病の診断が医師の診察により行われている。

「専門診断テストを大幅に受けやすくしなければ、レカネマブのような薬を使うべき人のうち実際に投与されるのは2%程度にとどまるだろう」と、アルツハイマー・リサーチUKのスーザン・コールハース所長は言う。「イギリスの国民保健サービス(NHS)は、新時代の治療への対応を迫られている」

レカネマブを共同開発する日本の製薬大手エーザイと米バイオジェンは、米食品医薬品局(FDA)に迅速承認を申請中で、来年1月6日までに決定が下される見込みだ。認められれば、今回の試験結果を基にフル承認を目指す。

The Conversation

Ritchie Williamson, Director of research, Associate Professor in Therapeutics, University of Bradford and Stuart Dickens, Post Doctoral Research Assistant, University of Bradford

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 ISSUES 2026
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月30日/2026年1月6号(12月23日発売)は「ISSUES 2026」特集。トランプの黄昏/中国AIに限界/米なきアジア安全保障/核使用の現実味/米ドルの賞味期限/WHO’S NEXT…2026年の世界を読む恒例の人気特集です

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米ヘリテージ財団から職員流出、反ユダヤ主義巡る論争

ワールド

トランプ氏、マドゥロ氏に退陣促す 押収石油は「売却

ワールド

ゼレンスキー氏、スムイ州住民のロシア連行を確認

ワールド

インド経済、11月も高成長維持 都市部消費などが支
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中