「誰かが責任を取るしかない...」梨泰院事故の「容疑者」探しが進む韓国

2022年11月9日(水)12時40分
佐々木和義

同日、龍山警察署の李林宰署長は、同じ龍山区内の大統領室前で尹錫悦大統領の退陣を求める集会の管理にあたっていた。

野党・共に民主党は「国民の安全と命を救うべき警察官が、大統領室と大統領の私邸を守るため国民の救助信号に背を向けた」として政権を批判する。李署長は事前に龍山警察署情報課からハロウィンデーの危険性に関する報告書を受け取ったが黙殺したという。ハロウィンより自らが指揮を取る行事を優先させた可能性が拭えない。

李署長の就任は文在寅政権下の22年1月だったことから与党支持者は文前政権の任命責任を追及する。与野党とも事故を政争に利用していると言って良いだろう。警察庁は11月2日、李林宰龍山警察署長に自宅待機を命じた。事実上の更迭だった。

東京・渋谷と香港・蘭桂坊の安全対策と比較も

また、自治体などが追悼の横断幕が掲げるが、首長の所属政党で表現が異なるという。10月30日、政府・行政安全部は各自治体に合同焼香所を設置する際、「事故」「死亡者」と表現するよう通知した。

市長が国民の力に所属するソウル市は「梨泰院事故死亡者合同焼香所」を設けたが、知事が共に民主党に所属する京畿道は「梨泰院惨事犠牲者合同焼香所」を設置した。首長が共に民主党に所属する全羅南道や全羅北道、済州など、横断幕を「梨泰院惨事犠牲者合同焼香所」に掛け替えた自治体もある。

行政安全部の通知をめぐってSNSでは「責任を回避する政府の小細工」という意見と「中立的な表現が望ましい」という意見が対立するが、事故原因をハロウィンや被害者に求める声もある。

あるジャーナリストは2005年に米国でハリケーン・カトリーナが発生した際、ニューオーリンズ市民10万人が避難指示を守らずに被害を受けた。犠牲者に同情しながらも自業自得と指摘する人も多かったと紹介し、被害者の責任をほのめかす。

「そこになぜ行ったのか」「遊んでいて亡くなった人々に対して哀悼するのか」という投稿などコロナ禍が収束しないなか、密を避けなかった人たちを批判する声もある。

ハンギョレは東京・渋谷と香港・蘭桂坊の安全対策と比較する。日本は2001年に兵庫県明石市で起きた圧死事故の反省から警備態勢を見直した。香港も1993年の新年前夜祭で発生した事故が教訓だ。

韓国警察庁はソウル市警や龍山警察署、龍山区庁などの家宅捜索を行なって責任の所在を明らかにする方針で、政府も責任者の更迭を検討するが、誰かに責任を負わせるより、原因を究明して再発防止に努めることの方がはるかに重要だろう。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中