最新記事

日本政治

安倍晋三は必ずしも人気のある指導者ではなかった(伝記著者トバイアス・ハリス)

CONTROVERSIAL TO THE END

2022年9月27日(火)17時50分
トバイアス・ハリス(米シンクタンク「アメリカ進歩センター」上級フェロー)

安倍は日本の外交・安全保障政策を根本から変え、コンセンサス(合意)重視の日本政治に「数の力」で押し切るスタイルを持ち込み、トップダウンの指導体制を確立しようと努力した。だが、そうした新しい政治の在り方が必要な理由を、主権者たる国民に納得させることはできなかった。

つまり、統一教会の問題で国葬反対の声が高まったのは事実だが、日本国民の間にはずっと以前から、政治家・安倍晋三に対する賛否両論が渦巻いていたと言える。

安倍の構想は、戦後日本の政界における主流派のコンセンサスと相いれなかった。安倍は2006~07年の第1次政権で「戦後レジームからの脱却」というスローガンを掲げたが、それは戦後の一時期に形成されたコンセンサスの破棄を意味していた。安倍にとって、そんなコンセンサスは過去の遺物にすぎなかった。

戦後の米軍による占領期は2つに分けられる。

まずは「民主化・非軍事化」の時期があり、そこで国民主権と戦争放棄を掲げる現憲法ができた。しかし占領後期には東西冷戦が始まり、日本を共産主義に対抗する防波堤とする必要が生じた。それで終戦時に追放され、あるいは傍流に押しやられていた保守派の政治家が復活することになった。

祖父・岸信介の思いを継いで

平和志向と冷戦志向。戦後の日本には、この2つの相異なるビジョンがあった。そして1952年の独立回復後の10年間、両者の間では時に激しい衝突が起きた。

そしてその年月の間に、当時の首相・吉田茂(戦後初めて国葬の栄誉を受けた人物だ)とその陣営が、その後長く続くことになるコンセンサスを形成した。日本の最優先課題は経済成長であり、日本は軍備を軽くしてアメリカと密接な同盟関係を保ち、平和憲法を維持するという合意だ。

だが、その時期に一貫して政権を担ってきた自民党は、そもそも改憲を党是としている。

安倍の祖父・岸信介は、自民党内にあって戦後コンセンサスにいら立ちを覚える反主流派の旗手だったが、冷戦時代にそれを覆すことはできなかった。だが孫の安倍は冷戦終結後に政界入りし、戦後世代の保守派政治家を率いて、祖父の果たせなかったミッションを完遂しようと決めた。

冷戦の終結、バブル崩壊と戦後経済モデルの失墜、いわゆる「55年体制」の終焉と1994年の小選挙区制導入。これらがそろったとき、ようやく戦後コンセンサスから「脱却」する可能性が見えてきた。

だから安倍は、その生涯を通じて訴え続けた。平和憲法の制約から解き放たれ、成熟した大国として行動できる、より強い国家としての日本を目指そうではないかと。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=大幅安、雇用統計・エヌビディア決算を

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロ・円で上昇、経済指標の発

ワールド

トランプ氏、医療費削減に関する発表へ 数日から数週

ワールド

再送EU、ウクライナ支援で3案提示 欧州委員長「組
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中