最新記事

アルツハイマー病

「ごく一般的な2つのウイルスがアルツハイマー病の発症に関与している可能性がある」との研究結果

2022年8月22日(月)17時30分
松岡由希子

「ごく一般的で通常は無害な2種類のウイルスが“ワンツーパンチ”になっている......」Rasi Bhadramani

<水痘帯状疱疹ウイルスや単純ヘルペスウイルス1型を感染させる実験を行った......>

アルツハイマー病の原因について、長年、微生物との関連が指摘されてきた。なかでも、単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)は末梢神経系に感染した後、通常休眠状態で過ごすが、ストレスなどによって再活性化することがある。

水痘帯状疱疹ウイルスと単純ヘルペスウイルス1型

英オックスフォード大学のルース・イツアキ教授は1991年の研究論文で「多くの高齢者の脳に単純ヘルペスウイルス1型のDNAが存在している」ことを示し、1997年の研究論文で「単純ヘルペスウイルス1型が脳内に存在する場合、特定の遺伝子『APOE4』との組み合わせでアルツハイマー病の発症リスクが高まる」ことを明らかにした。

水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)も同様に、神経細胞で何年も潜伏し、高齢期になって帯状疱疹を引き起こす。その結果、炎症が起こり、認知症のリスクが高まるおそれがある。英国や台湾での研究結果では、帯状疱疹予防ワクチンの接種によって認知症のリスクが低下したことが示された。

それでは、これらのウイルスはどのようにしてアルツハイマー病を発症させるのだろうか。米タフツ大学とイツアキ教授らオックスフォード大学の研究チームは、絹タンパク質とコラーゲンでできた幅6ミリのドーナツ型のスポンジに神経幹細胞を植え付け、これに水痘帯状疱疹ウイルスや単純ヘルペスウイルス1型を感染させる実験を行った。

その結果、水痘帯状疱疹ウイルスのみに感染しても、アルツハイマー病で特徴的なタウタンパク質やアミロイドベータの形成を促すことはなかったが、神経細胞に休眠状態の単純ヘルペスウイルス1型が存在する場合、水痘帯状疱疹ウイルスに曝露することで単純ヘルペスウイルス1型が再活性化し、タウタンパク質やアミロイドベータが劇的に増加した。

一般的な2種類のウイルスの"ワンツーパンチ"

2022年8月2日付の医学雑誌「ジャーナル・オブ・アルツハイマーズ・ディジーズ」に掲載された研究論文の筆頭著者でタフツ大学のダナ・ケアンズ研究員は一連の実験結果について「ごく一般的で通常は無害な2種類のウイルスが"ワンツーパンチ"になっている」と表現する。

また、研究論文の共同著者であるイツアキ教授は「生涯にわたって繰り返される感染による脳の損傷がやがてアルツハイマー病の発症につながるかもしれない」とし、「ワクチンは単に一つの疾病の予防にとどまらず、より大きな役割を果たしうる。なぜなら、感染を予防することで、間接的にアルツハイマー病の予防にもつながるからだ」と説いている。

今回の研究結果は人工的な環境下での実験によるものであり、アルツハイマー病の原因を決定的に証明するまでには至っていない。英インペリアル・カレッジ・ロンドンのパレッシュ・マルホトラ医師は「実験室での発見であり、これらのウイルスがアルツハイマー病の主な原因であると直接示唆するものではないが、今後の研究につながる重要な成果といえる」と評価している。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中