最新記事

ウクライナ戦争

狡猾なプーチンの「グレーゾーン侵略」 安上りで報復不可能、そして被害は甚大

Weaponizing Migrants

2022年7月27日(水)17時44分
エリザベス・ブラウ(フォーリン・ポリシー誌コラムニスト)
地中海の避難民ボート

イタリア沿岸警備隊に救助される避難民のボート。70人近くが乗っていた(今年5月) VALERIA FERRAROーSOPA IMAGESーLIGHTROCKET/GETTY IMAGES

<ロシアのウクライナ侵攻が世界の広い範囲で引き起こした深刻な食料危機が、欧州に「避難民の波」という不安定要因をもたらしている>

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、西側諸国に対抗する新たな武器を造り出した。「避難民の波」である。

ロシア軍が侵攻して以来、ウクライナから600万人以上がEU諸国に逃れた。加えて今は、ウクライナ産穀物の輸出停止によって影響を受けた国々からも避難民がEUに押し寄せている。今年上半期のEUの難民認定申請者数は、昨年同時期のほぼ2倍だ。

プーチンは「避難民の波」によってヨーロッパを不安定化させることで、ウクライナ以外の国々には軍事力を直接行使することなく悪影響をもたらしている。いかにもプーチンらしい狡猾なやり方だ。

今年上半期のEU諸国への不法入国者は11万4720人。この数字には、EUが受け入れを表明しているウクライナ人の大半は含まれていない。不法入国者の出身国で増えているのは、アフガニスタンやバングラデシュ、エジプト、チュニジア、シリア、イラクなどだ。

EUの国境警備を担う欧州対外国境管理協力機関(FRONTEX)の統計によると、北アフリカから地中海中央ルートを経てEUへ渡った不法入国者は、今年上半期には昨年の同じ時期から23%増の2万5164人に上った。出身国で多いのは、バングラデシュ、エジプト、チュニジアだ。

これよりはるかに激増しているのが、西バルカン諸国経由の不法入国者だ。このルートによる不法入国者は昨年同期比で200%近く増え、東地中海を渡ってキプロスで難民認定申請を行った避難民は125%増となった。

FRONTEXのアイヤ・カルナヤ代表代行は7月半ば、「ウクライナからの穀物輸送が妨害されていることにより、『避難民の波』が生まれる」と指摘。EUは「食料確保の問題があるためにウクライナ以外の地域からやって来る難民にも、備えるべきだ」と警鐘を鳴らした。

ウクライナは年間4億人分の食料を生産

ウクライナは通常、年間4億人分の食料を生産している。国連食糧農業機関(FAO)によると、アフリカ・中東を中心に50カ国の輸入小麦の少なくとも30%をロシアとウクライナ産が占め、世界食糧計画(WFP)も小麦の半分をウクライナから調達していた。ロシアの侵攻前にウクライナ産小麦を輸入していた国の上位は、エジプト、インドネシア、バングラデシュ、トルコ、チュニジアだった。

ロシアがウクライナの港を破壊・封鎖したために、世界の穀物貿易の柱の1つが機能不全に陥った。河川や鉄道を利用したウクライナの農産物の輸送量は6月には250万トンだったが、通常の月間輸送量である500万~800万トンには遠く及ばない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

脅迫で判事を警察保護下に、ルペン氏有罪裁判 大統領

ビジネス

貿易分断で世界成長抑制とインフレ高進の恐れ=シュナ

ビジネス

テスラの中国生産車、3月販売は前年比11.5%減 

ビジネス

訂正(発表者側の申し出)-ユニクロ、3月国内既存店
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中