市民を拷問した「独裁者」マルコスの息子が支持を集める理由【フィリピン大統領選】
民主主義への幻滅が強権政治家の息子マルコスJr.への追い風に? ELOISA LOPEZーREUTERS
<大統領選で元上院議員フェルディナンド・マルコスJr.が勝利を収めそうだ。人口の70%が40歳未満のため、父マルコスの強権政治を直接知らない有権者が多いが、理由はそれだけではない>
フィリピンの大統領官邸に「昔の名前」が帰ってくる。本稿執筆時点ではまだ投票日前だが、5月9日の大統領選で元上院議員のフェルディナンド・マルコスJr.(通称「ボンボン」)が地滑り的勝利を収める情勢なのだ。
マルコスJr.は、1986年のピープルパワー革命で失脚するまで約20年間にわたり独裁政治を行った故フェルディナンド・マルコスの息子だ。
父マルコスは戒厳令を発令して強権的な支配を行い、膨大な数の市民を投獄したり、拷問したりした。
その上、マルコス一家は推定100億ドルの不正蓄財を行ったとされている。多くの国民が極度の貧困に苦しむなかで、イメルダ夫人が3000足余りの靴を集めていたことはよく知られている。
しかし、いま多くの有権者はこのような歴史をあまり問題にしていないようだ。マルコスJr.は、父親の時代をフィリピンの輝かしい時代と印象付けることに成功している。
昨年秋の時点では、ドゥテルテ現大統領の娘サラが世論調査で最も高い支持を集めていた。しかし、娘ドゥテルテは、大統領選ではなく、同時に行われる副大統領選への出馬を選択した。
大統領選に多くの候補者が乱立していることに加えて、有権者が若返っていることもマルコスJr.に有利に働いた。現在、フィリピンの人口の70%は40歳未満。父マルコスの強権政治を直接知らない世代が増えているのだ。
独裁者の息子が支持を集めている理由はそれだけではない。
相次ぐ政治スキャンダルや失政により、民主主義への幻滅が広がっていることも影響しているようだ。
「多くのフィリピン人は、憲法や議会や裁判所や政府機関や......ピープルパワーでは政治を変えられないと思うようになった」と、シカゴ大学のマルコ・ガリード准教授はワシントン・ポスト紙で指摘している。「そこで、自由主義とは相いれない手段により政治を刷新したいと考えている」
マルコスJr.が選挙戦を有利に進めている理由としては、フィリピンで名門政治一家の出身者が支持を集めやすい傾向も挙げることができる。
フィリピンの選挙でも、汚職で起訴された政治家の得票率は下がるのが普通だ。しかし、名門政治一家のメンバーは例外だと、フィリピン政治を研究しているダニエル・ブルーノ・デービスは指摘している。
その一因は、この種の政治家たちが公共事業で有権者に恩恵をもたらしたり、時には直接的に有権者を買収したりすることにあるようだ。