ウクライナの巨大地下空間、オデーサにも存在 総延長2500キロのトンネル網で防衛有利に
葉脈状に広がる地下世界
内部に降りると、採石場時代の通路が入り組んだ葉脈状に伸びている。道同士が互いにずれて繋がっていたり、気づかないほどのカーブを描きながら伸びていたりするなど、方向感覚を失いやすい。
無限とも思える地下は、都市さながらに多様な表情をみせる。石灰岩が積み残されたままの通路や廃線となったトロッコの軌道などは、作業場時代の面影が色濃い。ほか、柱が並んだ神殿のような空間、石灰の成分が滴ってできた鍾乳洞に、そして半ば水没したミステリアスな通路など、無限の地下空間に多様な区域が存在する。
こうしたエリアを縫うように抜けてひた進むと、オデーサ北方に位置する村の地下に出る。19世紀当時は規制がなかったことで無制限の掘削がおこなわれ、このように非常に大規模なトンネルのネットワークが誕生した。図らずも2月からのロシアの侵攻を受け、避難所や退避ルートなどとしての有用性が期待されている。
製鉄所に次ぐ要塞となるか
ウクライナ東部マリウポリの街では、防衛における地下空間の優位が改めて示された。アゾフスタリ製鉄所の地下には東京ドーム235個分ともいわれる広大な施設が地下6階まで広がり、シェルターとなって市民の命を守った。
同様にオデーサの街においても、ロシア軍による攻撃の激化に伴い、地下の拠点が防衛の要となる可能性がある。現地住民は米ワシントン・ポスト紙の取材に対して3月、現地住民たちが物資の持ち込みやネット環境の引き込みなど、カタコンベ内で非常事態を生き抜くための準備を始めていると明かした。
Inside the catacombs that could shelter Odessa, Ukraine from war
ただし、避難所の機能をもつ空間はトンネル網の一部に留まる。カタコンベの一部に設けられたある避難所の担当者は、当該施設単体での収容人数は300名ほどに留まると明かした。付近の住民を受け入れるには十分だが、それ以上の避難者が集まると資材と換気が追いつかないという。
これとは別に千人規模のシェルターもカタコンベには存在するが、コンクリートで補強されているとはいえ石灰質はもろい性質があり、砲撃下で長期の籠城に適するかには不安も残る。
別の活用法としては、迷路のような巨大なネットワークを生かし、移動路のような役割を演じることができるかもしれない。米ワー・ゾーン誌は、「侵略が迫ろうとしたならば、オデーサの街の下に位置する広く古い地下通路は、ロシアの侵略者たちにとってとりわけ厄介な存在となるだろう」と論じている。
オデーサの地下通路のマップの一部 katakomby.odessa.ua
同紙はオデーサの侵略が進んだ際、カタコンベが市民の「貴重な隠れ蓑」になるほか、「ウクライナ軍にとっては、敵の火器から逃れ、秘密裏に移動するためのルート」になるのではないかとみている。市街戦とならば敵の背後を狙い、1000ある昇降路のいずれかから神出鬼没に出撃することも可能だ。
地下鉄ない都市で貴重な避難所に
少なくとも3月にロシアの軍艦がオデーサの港に迫った際、カタコンベは貴重な避難所となった。キーウへの空爆を知った市民ボランティアたちは、地下鉄のない同都市で安全なシェルターとして利用すべく、内部空間の把握と生活物資の運び込みを急ピッチで進めている。
少年の頃から地下探検を繰り返してきたという地元電気技師のローマン・マウザー氏も、積極的に環境の整備に汗を流しているひとりだ。氏は米ニューヨーカー誌に対し、「私たちの町が何らかの攻撃を受けたときも、カタコンベが救ってくれるのです」と語る。
米シンクタンク・外交政策研究所の上級フェローであるポール・スプリンジャー氏は、カンバセーション誌への寄稿を通じ、「ロシアの襲撃がオデーサに及んだ際、地下通路に関する地元の人々の知識は、防衛軍にとって極めて貴重な情報であることが実証されるだろう」と述べている。
カタコンベ内部は、一部の住民も迷うほどに非常に複雑だ。マウザー氏のような人物が土地勘を生かし、地下への退避ないしは都市外への避難を有利に誘導できる可能性がありそうだ。