【浜田宏一・元内閣参与】MMTは「フグ料理のよう」と安倍前首相...「料理人」次第で美味にも猛毒にも
The Power and Poison of MMT
確かに、アメリカの政策立案者もこうした投資、特にインフラ投資の重要性は認めている。昨年11月には超党派の支持を得て1兆ドル規模のインフラ投資法案が成立し、送電網の整備、鉄道の刷新、高速インターネット回線の拡充などに予算が投じられることになった。だが民主党の一部議員でさえ、これらの公共事業の費用は全て税収で賄うべきだと主張した。MMT(もしくはFFT)のロジックに対する財政再建派の抵抗はかくも根強いものなのだ。
ただし断っておくが、MMTとFFTは同義語ではない。MMTにはFFTにない要素が2つ加わっていて、私の考えでは、それらは健全とは言えない。1つは、中央銀行は政府の景気対策を助けるような金融政策を実施すべきだというもの。例えば金利を低いままに抑えるといった政策だ。
その背景には、通貨供給量ではなく、金利こそが重要な変数だというポスト・ケインズ経済学の発想がある。それはストックとフローの相互作用と期待インフレの役割を重視する従来の経済学の考え方とは相いれないものだ。
それ以上に問題なのは、金利が低く据え置かれると物価が上がり始め、インフレが過熱しかねないことだ。MMTの支持者は、増税により総需要を管理して物価上昇を制御できると言うが、そんなやり方で抑えられるほどハイパーインフレは甘くない。
「フグ料理のようなものだね」
2つ目の不健全な要素は、完全雇用を維持するために政府がインフレ圧力を緩和しつつ、雇用保障を提供すべきだと主張していること。こちらはさらに問題だ。この主張は社会主義に傾斜しすぎていて、政府が労働市場に過剰に介入することにもつながる。
かつて私が安倍晋三元首相にMMTについて説明すると、彼はフグ料理のようなものだね、と言った。名人がさばけば美味な一品となるが、料理人の手元がちょっと狂えば、食べた人は毒にあたって死ぬ。
これは実にうまい例えだ。政策立案者がMMTの有用な部分、つまりFFTを採用するなら、今の世代と未来世代にさらなる繁栄をもたらす新たな選択肢が生まれる。だが下手な料理をすれば、致命的な結果となりかねない。
[著者]浜田宏一 KOICHI HAMADA
経済学博士、米エール大学名誉教授。内閣府経済社会総合研究所長などを経て、安倍内閣で情報提供や助言を行う内閣官房参与を務めた。近著に『21世紀の経済政策』(講談社刊)。