最新記事

進む「脳をコンピュータとつなぐ技術」、1分あたり90文字を入力

2021年11月9日(火)18時20分
松岡由希子

脳にシリコン微小電極を埋め込みカーソルを移動させて文字を書く「マインドライティング」 YouTube

<脳をコンピュータとつなぎ、脳の神経細胞が発する電気信号をコンピュータに伝える「ブレイン-コンピュータインターフェイス(BCT)」の開発が進んでいる>

米スタンフォード大学、ブラウン大学、マサチューセッツ総合病院らの共同研究チーム「ブレインゲート」では、脊髄損傷や脳卒中、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などにより上肢が動かなかったり、話せなくなったりした人のコミュニケーションを回復させる手段として、脳をコンピュータとつなぎ、脳の神経細胞が発する電気信号をコンピュータに伝える独自の「ブレイン-コンピュータインターフェイス(BCT)」の開発に取り組んでいる。

被験者3名の運動野にシリコン微小電極を埋め込んだ

2017年2月に発表した研究では、被験者3名の運動野(運動機能と関連する大脳皮質)にブレイン-コンピュータインターフェイスを埋め込み、これを用いてアルファベット文字を表示したコンピュータ画面上のカーソルを移動させ、特定の文をタイピングする実験を行った。この技術を「マインドライティング」と呼んでいる。

被験者のうち最も入力速度が速かったのは、2007年に脊髄を損傷し、首から下がほとんど動かなくなった右利きの63歳(2016年当時)の男性「T5」だ。1分あたり36.1文字を入力した。「T5」の運動野の2か所に96個の電極が付いたシリコン微小電極が埋め込まれており、右手と右腕の動きを制御する運動野の領域で発火する神経細胞からの信号は、これらの電極でとらえられ、コンピュータへと送られる仕組みとなっている。

BrainImpantDevice.jpg

Nature, 2021, Erika Woodrum

研究チームは、より速いコミュニケーション手段をさらに追究し続け、回帰型ニューラルネットワーク(RNN)を用いて手書き動作の意図を運動野の神経活動から解読し、リアルタイムでテキストに変換するブレイン-コンピュータインターフェイスを開発した。2021年5月には、この概念実証(PoC)の成果を学術雑誌「ネイチャー」で発表している。

BrainImpantDevice2.jpg

イメージされた文字が、リアルタイムでテキストに変換された Frank Willett

1分あたり90文字を入力することに成功

「T5」はこの概念実証でも被験者となった。「T5」がペンで紙にアルファベット文字を手書きする動作を思い浮かべると、神経細胞からの信号をとらえ、コンピュータに転送し、人工知能(AI)アルゴリズムが信号を解読して「T5」が意図する手や指の動きを推測する。

「T5」はこのブレイン-コンピュータインターフェイスを用いて1分あたり90文字を94.1%の精度で入力することに成功した。コンピュータ画面上の文字にカーソルを移動させるよりも2倍以上速く、健常者がスマートフォンで入力する速度(1分あたり115文字)とほぼ同等だ。

研究論文の筆頭著者でスタンフォード大学のフランク・ウィレット博士は、この概念実証の成果について「人工知能アルゴリズムを用いることで、手書きのようにスピードの変化や曲がった軌道を伴う複雑な動作を、一定の速度でカーソルをまっすぐ動かすといった単純な動きよりも速く簡単に解読できることがわかった」と述べている。

Eavesdropping on Brain Activity Turns Imagined Handwriting to Text

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は小幅続落、年末のポジション調整

ビジネス

中国航空会社2社、エアバス機購入計画発表 約82億

ワールド

コロンビア、26年最低賃金を約23%引き上げ イン

ワールド

アルゼンチン大統領、来年4月か5月に英国訪問
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 5
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 6
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 7
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 8
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中