最新記事

動物

象牙密猟が横行したモザンビークでは、牙のないゾウに進化している

2021年10月26日(火)18時10分
松岡由希子

密猟によって個体数が急減するなか、牙のない表現型を支持する自然選択が起こった...... jacques le roux-iSotck

<プリンストン大学の研究チームは、モザンビーク内戦中の象牙密猟とアフリカゾウの自然選択による進化について調べた>

アフリカ大陸の南東部に位置するモザンビークでは、1977年から1992年にかけて内戦が続き、象牙を狙った密猟の横行によってアフリカゾウの個体数が大幅に減少した。

ゴロンゴーザ国立公園に生息するアフリカゾウの個体数は1972年時点の2542頭から2000年には約90%減の242頭にまで減少。その一方で、牙のないメスの個体の割合は1970年代初めの18.5%から30年後の2000年代初めには50.9%に増えている。

牙のないメスの生存率は5.13倍高かった

米プリンストン大学の研究チームは、モザンビーク内戦中の象牙密猟とアフリカゾウの自然選択による進化について調べ、2021年10月22日、学術雑誌「サイエンス」で研究成果を発表した。

研究チームのシミュレーションによると、モザンビーク内戦中の象牙密猟の脅威の下、牙のないメスの生存率は牙のある個体に比べて5.13倍高かったと推定される。つまり、密猟によって個体数が急減するなか、牙のない表現型を支持する自然選択が起こったと考えられる。

寿命の長い動物では突然、進化へのシフトが引き起こされうる

研究チームは、牙のない表現型がメスのみにみられることからX染色体に注目し、牙のあるメス7頭と牙のないメス11頭から採取した血液サンプルで全ゲノム解析を行った。

その結果、その遺伝的原因の候補として、エナメル質や象牙質、セメント質、歯周組織の形成など、哺乳類の歯の発生を担う「AMELX遺伝子」が特定された。この遺伝子はX染色体上で母から子に受け継がれる。「AMELX遺伝子」はヒトにも存在し、ゾウの牙に相当する上顎側切歯の成長を阻害するが、オスには致命的なX連鎖優性症候群と関連がある。つまり、破壊された「AMELX遺伝子」を受け継いだオスは死に至り、牙のない表現型はメスにのみあらわれる。

研究論文では、これらの研究成果をふまえて「内紛によって個体数が急減する中にあっても、寿命の長い動物では突然かつ持続的な進化へのシフトが引き起こされうる」としたうえで、「牙のないアフリカゾウの増加は、生物擾乱の減少や植物の種構成の変化、樹木被覆の増加など、生息地の生態系に影響を及ぼすおそれがある」と指摘している。

Elephants Are Evolving To Lose Their Tusks


How poaching is changing the face of African elephants

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中