医療用途を優先 酸素不足でロケット飛べず...NASA、スペースXが苦慮
このまま航空宇宙産業への供給が長期に渡って不足した場合、生活への影響も懸念される。ペンシルバニア州立大学で航空宇宙工学を教えるスヴェン・ビレン教授は、米科学解説誌の『ポピュラー・サイエンス』に対し、医療用途は極めて大切であるが、宇宙産業も決して軽視することはできないと指摘する。
ビレン教授は「人命にまつわる危機に集中すべきだ、と人々は叫びますが、彼らが宇宙分野の恩恵について完全に理解しているとは私には思えません」と述べ、ロケット分野の軽視に苛立ちを募らせる。ロケットの打ち上げは「GPSシグナルやハリケーンを追跡する気象衛星などの形で、生活を向上させるシステムの一端を担っているのです」と述べ、宇宙産業がいまや生活インフラの一部を支えていると教授は強調している。
長期化なら宇宙ステーションへの補給問題も
テスラおよびスペースX関連の情報を伝えるテスマニアン誌は、「同社は6月30日以来ファルコン9を打ち上げておらず、これは異例の事態だ」と指摘する。もっともこの遅延に限っていえば、これはスターリンク衛星の性能向上を目的とした意図的なスケジュール変更だ。ファルコン9はその後の天候不良による延期を経て、8月29日に打ち上げを完了した。イーロン・マスク氏はツイートで記事に反応し、「これ(酸素不足)はリスクだが、まだ制限要因とはなっていない」と楽観的な立場を示した。
ただし、同社のショットウェル社長は、酸素問題が今後の打ち上げスケジュールに影響する可能性を示唆している。ファルコン9はNASAとの契約のもと、国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給を担う。8月29日の打ち上げでは、搭載の無人補給船「ドラゴン」を通じ、実験器具のほか水と生鮮食料品など生活物資をISSのクルーたちに届けた。酸素不足でロケットの発射スケジュールが遅延すれば、ISSでの食糧事情に影響が出る可能性も否定できない。
過去には2004年、補給船の打ち上げが長期間滞ったことでISS内の通常食が尽き、クルーたちは45日分の備蓄食を開封せざるを得なかった。さらに備蓄は残り14日分にまで減少し、地上の管制官がISSのクルーたちに10%の食事制限を指示する事態となっている。追って補給船が食糧を届けたが、一時はクルー全員にISSを離脱させ地上へ帰還させるバックアッププランが計画されていた。
現在アメリカでは、医療分野での需要に対応するため、サプライチェーン各社が非常体制を組んで通常エリア外への供給を支えている。配送網が複雑化しているほか、液体酸素を運搬できるドライバー不足も深刻化しており、仮に増産できたとしても直ちに解決する性質の問題ではなくなっている。医療最優先の理解は共有されているものの、目の前の酸素不足の問題にどう対処するか、航空宇宙業界は頭を悩ませている。