最新記事

日本社会

育休制度があっても、日本の男性の取得率が極めて低い理由

2021年8月4日(水)11時00分
舞田敏彦(教育社会学者)
赤ちゃんを抱く日本の父親

日本の父親の育休取得状況は、欧州の先進国と比較すると相当に遅れている Milatas/iStock.

<所属集団の流動性が低い日本社会では、法律よりも会社の決まりが優先されるという思い込みが強い>

育児・介護休業法が改正され,男性の育休取得が促されることになった。こうした法改正は、世論に押されてのことであるのは間違いない。それほどまでに、日本の父親の育休取得状況はひどい。全国の至る所で、育休取得を申し出た男性社員がハラスメントに遭っている。

いわゆる会社(上司)の無理解だが、これを正さない限り、男性の育休取得促進は難しい。だが,父親の育休取得を阻んでいる要因としてはもっと大きなものがある。それは後述するとして、まずは日本の男性の育休取得の実態をデータで可視化してみる。

内閣府の『少子化社会に関する国際意識調査』(2020年度)では、20~40代の子持ちの有配偶男性に「直近の子が生まれた時、出産・育児に関する休暇をとったか」、同条件の女性には「直近の子が生まれた時、あなたの配偶者は出産・育児に関する休暇をとったか」と尋ねている。「とった」と答えた人には、その期間も答えてもらっている。

日本のデータを見ると、「とった」と答えた人の割合は17.9%で、取得した休暇の期間は「2週間未満」が82.3%と大半を占める。「6カ月以上」という長期は6.2%しかいない。<図1>は、この2段階設問の結果をグラフで示したものだ。対象者全体を正方形に見立て、横軸で育休取得の有無、縦軸で育休期間を表している。日本以外の対象国の図も添えた。

data210804-chart01.png

横軸をみると、日本の父親の育休取得率が低いことが分かる。上述のように日本は17.9%だが、フランスは58.6%、ドイツは63.0%、スウェーデンに至っては86.7%で日本よりずっと高い。

縦軸を見ると、日本の育休期間は2週間未満が大半だが、他国はもっと長くスウェーデンでは半分近くが半年以上の長期だ。グラフで可視化すると日本の遅れが明らかで、「これだから、日本では少子化が止まらないのではないか」という声が聞こえそうだ。

なぜこのような惨状になっているのか。育休をとらなかった男性、夫が育休をとらなかった女性にその理由を複数回答で問うと、日本では首位が「業務繁忙で休めなかった」(39.4%)、2位が「出産・育児の休暇制度がなかった」(37.4%)、3位が「休むことによる減収が怖かった」(26.2%)となっている。上司の無理解より、こうした理由が大きい。

育休取得を阻む「思い込み」

2番目の理由だが、育休の制度は法律で規定されている。自分の勤務先の会社にない、就業規則に書いていない、ないしは育休取得を申し出たところ「そんな制度はウチにはない」「法律の育児休業は大企業に適用されるもので、ウチみたいな零細企業にはない」などと言われたのだろうか。

こういう思い込みを持っているとしたら怖い。法律で定められている育児休業は、すべての労働者に適用されるものだ。人が属する集団(社会)にはレベルがあるが、全体社会の決まり(法)よりも、自分が属する小社会(会社)の決まりが優先されると思っているのか。

所属集団の流動性が低い日本では、こういう思い込みがはびこっている。ウチ社会とソト社会の敷居が高いことに由来する、と言ってもいい。たとえば学校での教師の暴力(体罰)はしばしば放置されるが、一般社会の刑法に照らせば暴行罪(傷害罪)だ。学校の外で子どもを叩いたら即110番。しかし学校という部分社会の内部では、全体社会の決まり(法)は適用されない。この治外法権の小社会では、世間一般の感覚では理解しがたい「ブラック校則」も幅を利かせている。

自分の会社には育休制度などない。こういう思い込み(刷り込み)は、子どもの頃より、世間からずれた校則を絶対視するよう強いられてきたためかもしれない。文科省はブラック校則を見直すよう通知を出したが、それは未来の職場を健全化することにもつながる。

<資料:内閣府『少子化社会に関する国際意識調査』(2020年度)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場・寄り付き=ダウ約300ドル安・ナスダ

ビジネス

米ブラックロックCEO、保護主義台頭に警鐘 「二極

ビジネス

FRBとECB利下げは今年3回、GDP下振れ ゴー

ワールド

ルペン氏に有罪判決、被選挙権停止で次期大統領選出馬
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中