最新記事

キャリア

日本は学校中退者の7割以上が「希望」を持てない社会

2021年8月18日(水)14時20分
舞田敏彦(教育社会学者)
日本の就業者の希望

日本にも制度上は、学び直しの機会を提供する場所はある metamorworks/iStock.

<欧米諸国と比較すると日本の学校中退者のフルタイム就業率はかなり低い>

小田急線の車内で今月、乗客が無差別に切りつけられる事件が発生した。犯人は36歳の男で、「自分の人生はクソみたい」「幸せそうな女性を見ると殺したくなる」と語っている。それで凶行に及ぶとはまったくもって身勝手だが、メンタルの屈折が当人の境遇に由来する可能性もある。

大学を中退し、不安定な職を転々としていたとのことだが、日本では学校を中退、すなわち標準コースを外れた者への風当たりは強い。では日本の中退者がごくわずかかというと、そうでもない。内閣府の国際調査によると、13~29歳の若者(学生は除く)のうち、学校中退者の割合は9.3%となっている。およそ11人に1人だ。このグループの中で、フルタイム就業(正社員)は12.5%と低い。

今見た2つの数字を、国ごとに比較すると<表1>のようになる。

data210818-chart01.jpg

学校中退者の割合が1割を超える国は3つあり(フランス、アメリカ、スウェーデン)、日本はその次に高い。外国と比較して中退が極めてレアな国というわけではない。だが中退者の置かれた状況を就業状態で見ると、フルタイムの職に就いている比率は日本が最も低い。ドイツやフランスで4割、5割を超えているのとは対照的だ。

「中退」という2文字が書かれた履歴書では、安定した職に就きにくい現実があり、それは経済的困窮に直結する。「これがいつまでも続くわけではない」「そのうち良くなる」という展望が開けていれば、苦しい状況も乗り切れるものだが、将来への希望を持つのも容易ではあるまい。<図1>は、将来の希望を問うた結果だ。学校卒業者と中退者に分けて、希望がない者の割合を棒グラフにしている。

data210818-chart02.jpg

日本の若者は総じて希望を持っていない。少子高齢化が進み老後の不安を拭えないこと、長らく続いてきた雇用慣行の崩壊という事態に直面していることもあるが、他国と比べて特異性が際立っている。諸々の不利が加わる中退者に限ると、希望がない者の率は7割を超える。

同じ学校中退者でも、置かれた状況や意識は国によって異なる。その違いの要因はいろいろあるが、学び直しの機会がどれほど開けているかも大きいだろう。日本では人生初期の学歴がずっとついて回るが、海外では後からそれを塗り替えることが容易だ。日本でも制度の上では、何度でも何歳からでも学校に入学できるし、現状を脱出するための支援や訓練を提供してくれる場も存在する。ふさぎ込むだけで、周囲が見えていない当人を孤立させないことが大事だ。経済苦による中退を防ぐべく、学生支援の充実も欠かせない。

「自分の人生はクソみたい」。こう思っている若者は、今の日本では決して少数派ではないと考えられる。彼らの自棄型犯罪で社会が脅かされるとしたら恐ろしい。それを防ぐためのコストを惜しんではならない。

<資料:内閣府『我が国と諸外国の若者の意識に関する調査』(2018年)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

FRBとECB利下げは今年3回、GDP下振れ ゴー

ワールド

ルペン氏に有罪判決、被選挙権停止で次期大統領選出馬

ビジネス

中国人民銀、アウトライトリバースレポで3月に800

ビジネス

独2月小売売上は予想超えも輸入価格が大幅上昇、消費
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 5
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中