世界で最低レベルの、日本の教員の院卒比率
日本は教員、校長とも数値が低いので、左下の原点付近にある。対極の右上には、最初のグラフで見たドイツやフィンランドの他、スロバキア等が位置している。教員のほぼ全員が大学院卒の国だ。
日本は高学歴化が進んだ社会だが、2つのグラフをみると疑問符が付く。教員の大学院卒率は世界で最低水準。大学院卒と職務遂行能力の関連のエビデンスはないが、高度な知の証である修士号・博士号保有の教員がもっと増えていい、いや増えるべきだという考えが出るのは道理だ。知の伝達者としての誇りの源泉にもなる。
冒頭の中教審答申では、教員の全員を大学院卒にしようと提言されたが、フィンランドの制度を意識してか、教員養成の期間を4年から6年に延ばす構想が示されている。学部4年プラス修士2年だ。
教員に「ゆとり」を
ただ、学びの機会を入職前に集中させるのはいかがなものか。上述のように、在学期間の長期化に伴う学費負担、長期実習の受け入れ負担の問題もある。大学院に行くのは、現場に出て問題意識を培ってからのほうがいい。
既存の大学院修学休業を拡充する、夏季休暇等を使って少しずつ学べるようにするなど、策はいろいろ考えられる。アメリカでは、こうした斬新的な学びができるようになっていると言う。これぞ「学び続ける教員」の姿だ。管理職になる頃には、大半の教員が修士ないしは博士の学位を保持していることになる<図1>。
日本の教員は就職後、膨大な業務に忙殺され、学び続けることができないでいる。最近は文科省も本気になってきて、2019年の中教審答申では、これまで教員が担ってきた業務の仕分けが示された。学び続けるための条件は「ゆとり」だ。教員を「何でも屋」から、教えることに秀でた高度専門職へと脱皮させなければならない。その具現度は、大学院卒の教員の率で測れる。
教員免許更新制が見直されることになり、教員研修の在り方を変える機は熟している。「職務直結・上からの押し付け」型ばかりでなく、教員の自律的な学びの比重を高める時に来ている。
<資料:IEA「TIMSS 2019」>