最新記事

日本再発見

横溝正史、江戸川乱歩...... 日本の本格推理小説、英米で静かなブーム

2021年5月11日(火)17時00分
青葉やまと

ホームズの影響を受けた江戸川乱歩作品

本格推理小説の歴史は古く、1923年に江戸川乱歩が発表した『二銭銅貨』が源流だと言われる。物語は、世間を賑わせた世紀の大泥棒の逮捕で幕を開ける。縄についた大泥棒は、金の在処について頑なに黙秘を貫く。事件を聞きつけた筆者は素人探偵となり、見事金を手にするが......。

本作は魅力的な暗号の登場に加え、先の読めないストーリー展開でぐいぐいと読者をけん引する。乱歩のサービス精神満載の一編だ。乱歩初の作品でもあり、処女作にして新たなジャンルを日本にもたらした名作だ。

江戸川乱歩は『二銭銅貨』の2年後、『D坂の殺人事件』で明智小五郎をデビューさせる。こちらについてはガーディアン紙が、イギリスが生んだ名探偵のシャーロック・ホームズと比較しながら紹介している。風変わりで人との関わりを嫌い、いつも紫煙をくゆらせ、いざとなれば武術で切り抜ける。こういった姿がホームズそっくりだという。明智をサポートする少年探偵団の存在も、ホームズを支えるストリートチルドレンの一団「ベイカー街遊撃隊」を彷彿とする。

ほかにもガーディアン紙はイギリスのアガサ・クリスティや『オペラ座の怪人』で知られるフランスのガストン・ルルーなどの名を挙げ、日本の本格小説の黄金期を支えた作家たちが西洋の影響を受けていると紹介している。

欧米作品に影響された本格推理は、日本独自の発展を遂げた

日本の本格推理小説は、単に欧米のスタイルをなぞっただけではない。

日本作品独自の傾向としてガーディアン紙は、不可能犯罪を扱う作品が非常に充実していると分析する。一例として、横溝正史がほぼすべての作品に密室状況を取り入れているのに対し、クリスティ作品では『ポアロのクリスマス』など数えるほどしか例がない。

もともとは1920年〜30年代の黄金期に横溝正史が不可能状況を多く扱っており、多くの作家がこれに倣ったことで、密室を重視する機運が日本に根付いたようだ。アメリカでもディクスン・カーなどが密室の名手として知られるが、トリックをことさら重視する作品が「本格」という独立したジャンルを形成しているのは、やはり国内固有の現象だ。

もう一つ、本格ミステリの特徴として、論理的思考に没頭できる点が挙げられる。とくに松本清張に代表される社会派推理小説の時代を経て、1980年代後半からは「新本格派」と呼ばれるスタイルが隆盛を極めた。屋敷や孤島などの舞台装置を大胆に使い、興味をそそる不可能状況とロジカルな解決を極限まで追求している。

ワシントン・ポスト紙は、新本格派の旗手・綾辻行人による『十角館の殺人』や、鮎川哲也の傑作集『赤い密室』などを挙げ、「一般にHonkakuミステリは、何よりも発想の妙を重視する」と評価している。現代のアメリカで主流の推理作品は感情とドラマ性を重視しており、ゆえに各登場人物の想いや現実世界の出来事などに思考が霧散しがちなのだという。

鮮烈なトリックを引っ提げて読者に挑む日本の本格推理小説は、こうして海外のミステリファンの間でも愛読されているようだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル急伸し148円台後半、4月以来の

ビジネス

米金利変更急がず、関税の影響は限定的な可能性=ボス

ワールド

中印ブラジル「ロシアと取引継続なら大打撃」、NAT

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中