最新記事

パンデミック

2万5000年前、東アジアはコロナの猛威を経験? 新型で死者少ない理由か

2021年5月3日(月)13時30分
青葉やまと

一例として、免疫力に関わるヒトのタンパク質では、免疫作用を強化する方向への進化が見られた。また、ウイルスは細胞に侵入してその機能を乗っ取り、自己の複製に利用するようになるが、この乗っ取りを妨げるようなタンパク質の進化も見られたという。

なお、周知の通り、ゲノムは必ずしもヒトに有利な方向に変異するものではない。ヒトに有利な変異もあれば、不利な変異もあるほか、ことさら意味を持たない変異もあり得る。

しかし、古代のコロナウイルスとの闘いに有利な突然変異がひとたび起きれば、その持ち主は他の人々よりも高い確率で生き延び、子孫を残しやすくなる。これを繰り返すことで、特定のウイルスへの防御力に優れる遺伝情報が集団の多数を占めるようになり、世代を追ってやがて定着してゆく。これは進化の過程における「選択」と呼ばれる現象で、不利なものが姿を消す「淘汰」と対をなす概念だ。

こうして東アジアに広まったゲノムの変異が、今日流行中の新型コロナウイルスとの闘いでも生きている可能性があるという。サイエンス・ニュース誌は本研究について、「古代ウイルスのエピデミックに関連した遺伝子が、COVID-19のパンデミックなど現代の疫病のアウトブレイクに対し、どのように寄与しているのかを探る上ための道を拓く」ものだと評価している。

正式な論文となるため査読が待たれる

本研究については、第三者による査読の準備が目下進められている。現段階では正式な論文になっていない点に注意が必要だ。現在はプレプリント保管サービスの『バイオアーカイブ』上で公開されている。

また、ゲノム上の変異が活発に起きていたことは確からしいものの、その原因が確実にコロナウイルスであったかは現段階で断定できない。研究者チームは、コロナウイルスと同じタンパク質のゲノムに影響を与える別種のウイルスであった可能性も否定はできないとしている。

エナード助教授たちが追跡した42種類の変異のうち21種類は、コロナウイルスだけでなく、それ以外のウイルスの感染過程にも影響をもたらすものであった。そのため、コロナウイルスの流行と並行して、それによく似た仕組みで細胞に侵入する他のウイルスが同時に蔓延していた可能性も残されているという。

しかし、完全な証明は困難だとしても、2万5000年前の疫病の正体がコロナウイルスだったと考えることにはある程度正当性があるようだ。ライブ・サイエンス誌は、調査に参加していない第三者として、カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部の准教授であるジョエル・ウェルトヘイム氏のコメントを紹介している。

氏は「この進化を促したウイルスがコロナウイルスに該当するかを断言するのは非常に難しいですが、もっともらしく説明できる理論のように思われます」と述べ、一定の妥当性が認められるとの見解を示している。

今日のパンデミックで東アジアが比較的安定した状況にいられる背景には、私たちの祖先が2万年かけて獲得した遺伝子の存在があるのかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インフレ基調指標、10月の刈り込み平均値は前年比2

ワールド

米民主党上院議員、核実験を再開しないようトランプ氏

ビジネス

ノボノルディスクの次世代肥満症薬、中間試験で良好な

ワールド

トランプ氏、オバマケア補助金延長に反対も「何らかの
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中