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脳の2割を失い女王に昇格 インドクワガタアリの驚くべき生態明らかに

2021年4月19日(月)19時00分
青葉やまと

視葉に加え、認知的タスクに関連する脳の中心部も大きく縮小する。狩りを行う際には高度な認知能力が求められるが、女王アリの任務には必ずしも重要ではない。脳はエネルギー的コストを多く要する器官の集まりであるため、不要となった領域を縮小させることは、生命維持にとって合理的な選択となり得る。

脳の一部を縮小させたゲーマーゲートは、代わりに卵巣を体積比で5倍ほどに発達させる。かつて脳の維持に使われていたエネルギーを転用し、生殖関連の機能の拡充に充てているのではないかと見る専門家もいるようだ。

いざとなれば脳の回復も可能

さらに不思議なことに、この変化は可逆的なのだという。研究チームはさらに分析を進め、ゲーマーゲートの個体が女王として立場を失った場合、脳の体積が回復することを突き止めた。

チーム実験のため、30体ほどのゲーマーゲートをそれぞれの巣から3〜4週間ほど隔離した。すると、すべての個体が3日以内に産卵を行わなくなり、女王役としての機能を停止したことが確認された。コロニーの他の個体との社会的接触を断たれ、働きアリから餌を運ばれるなど女王役としてのケアも受けなくなったことで、ゲーマーゲートとしての特性を喪失したと見られる。

次に、これらの個体を巣に戻したところ、「取り締まり」と呼ばれるコロニーの自浄機能が確認された。コロニーの働きアリたちは、卵巣が部分的に発達してはいるが女王アリではない個体を発見すると、深刻なケガを負わせない程度に噛みついて攻撃する。こうしたストレスがゲーマーゲートに刺激を与え、その体に変化を促すものと研究チームは考えている。

取り締まりを受けた個体は脳のサイズが再び増加し、働きアリとほぼ同等の大きさまで回復した。活動パターンも変化し、餌を探し求めて動き回るなど、一般の働きアリとよく似た行動が観察されたという。一般に、餌の収集には高度な認知能力が求められる。英ネイチャー誌は、このように脳のサイズが回復するおかげで、女王の立場を追われた個体が再び働きアリとして生き延びられるのではないかと見ている。

これまでにも一部の動物は、脳の大きさに季節的な変動を生じることが知られてきた。しかし、これは比較的長寿の脊椎動物に限ったものだ。著名な例としては、スズメの仲間の鳴きん類などが、繁殖や冬眠などに備えて脳の大きさを変えることが知られている。

だが、可逆的な変化には相応のコストがかかるため、短命の昆虫にはあまり見られない。ミネソタ大学のエミリー・スネル=ルード進化生物学准教授はナショナル・ジオグラフィック誌に対し、「このレベルの柔軟な可逆性は聞いたことがありません」「(ミツバチなど脳を肥大化させる例はあるものの)神経的な投資先を一旦シフトし、さらに後に元に戻すとなると、完全に別の話です」と驚きをあらわにしている。

研究を主導したペニック博士は、将来的に人間の脳神経の再生への応用を期待しているようだ。

The Strange Way Indian Jumping Ants Reproduce | ScienceTake | The New York Times

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