アサド政権が越えてはならない「一線」を越えた日
THE ARROW’S PATH
もう1つのチームは、土壌のサンプルとロケット弾の残骸を収集する作業に取り掛かった。
調査を開始して2日目、東グータ地区で重要な発見があった。2つの着弾場所――ある建物の屋上と野外の地面――に、ロケット弾の大きな残骸が残っていたのだ。
野外の着弾場所は地面が軟らかく、ロケット弾の一部が地中に埋まっていて、着弾したときの状態をとどめているように見えた。調査団は防護服姿で現場に接近して、金属の破片をいくつか回収して証拠品用の袋に収納し、大きくて運び出せない部品に関しては環境サンプルを採取した。
セルストロムらがこの地区に入るより前の段階で、いくつかの国の政府と数十人の専門家が現場のビデオ映像を基に、この攻撃では神経ガス、具体的にはサリンが使用されたと結論付けていた。調査団が回収したサンプルは、そうした見方を裏付ける決め手になった。のちに2つの別々の研究機関がサンプルを分析したところ、高品質のサリンが使用されたことが分かったのだ。では、ロケット弾はどこから飛んできたのか。
誰かが空高く矢を放ち、その矢が遠くの地面に突き刺さったとする。この場合、突き刺さっている矢の軸の方向を基に、矢が放たれたときに射手がどこにいたかを計算できる。調査団はそれと同じ作業を行った。
調査団が野外で発見したロケット弾は、先端部が地面に突き刺さっていて、尾部が外に突き出していた。調査団がまとめた報告書によれば、ロケット弾は「方位角105度から東南東に向けて」発射されたという。つまり、北西方向から飛来したということだ。そこに位置するのは、政府軍の支配地域である。
ダマスカス郊外で多くの人命を奪った攻撃の背後に誰がいたのか。セルストロムは、その結論を下すよう求められたわけではなかった。とりわけシリア政府側からは、そうした判断を示さないよう求められていた。それでも、誰が黒幕かを一言も名指しすることなく、科学者としてのやり方で明確な告発を発した。
セルストロムが見いだした「矢」は、アサド大統領に仕えるシリア軍部隊を直接指し示していた。
2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド
※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら