最新記事

北朝鮮

ある若者が北朝鮮のヤミ金を葬った「最後の切り札」

2021年2月3日(水)18時30分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

北朝鮮ではカネを貸して利子を取る行為を禁じているが、実際にはヤミ金天国だ REUTERS

<長い兵役を終えて村に戻ったある青年は、両親が全財産を奪い取られたのを知り、怒りに震えた>

北朝鮮では、カネを貸して利子を取る行為を刑法で禁じている。しかし法律は存在しても、実際の北朝鮮はヤミ金天国だ。その弊害は貧しい農村部においてより深刻に現れており、当局はしばしば取り締まりを行っている。

例えば、社会安全省は1997年8月5日、「穀物を使って『高利貸し行為』をすれば、場合によっては銃殺刑まであり得る」と発表した。これは取り締まりを逃れるため、現金ではなく、穀物を貸して利子を取る行為が蔓延していたためだ。

布告から20数年。ヤミ金業者が見せしめのために公開処刑されたり、管理所(政治犯収容所)送りにされたりした事例は報告されているが、なし崩し的に市場経済化した北朝鮮の経済に欠かせない存在となっているだけに、今に至るまで根絶には至っていない。

<参考記事:女性芸能人たちを「失禁」させた金正恩氏の残酷ショー

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、ある悪徳ヤミ金業者の摘発事例を伝えている。

会寧(フェリョン)の協同農場の作業班長を務める50代のアンという男性は、以前から持っていた財産を種銭にして、貧しい農民を相手にヤミ金業を営んでいた。

一般的に北朝鮮の農村で行われているヤミ金は、春にカネや穀物を借りて、収穫後の秋に2倍にして返済するというものだが、アン班長は2.5倍の利子を取り、返済に行き詰まった債務者の家に押しかけ、住宅、土地、家畜などを奪うという、悪質な取り立てを行っていた。

「アンはぼろ儲けし、家族だけでは管理できないほど、想像を絶する規模の土地を持つことになり、人を雇って管理させていた」(情報筋)

財産を奪われ生活が破綻した人々は、農村を捨てて働き口のある都会に出ていってしまう。機械化が遅れている北朝鮮の農場で、人口減少は生産高の減少に直結し、災害やコロナ対策による食糧難を加重させる。

アン班長一家は、侵入者を防ぐため外塀を高くした家に住み、ひそかに家政婦や従業員を雇い入れて、農場や牧場を営んでいた。その暮らしぶりは、封建時代の地主を彷彿させるものだったという。

北朝鮮では財産を見せびらかすと、地元幹部らからたかられたり、あれこれ理由をつけて財産を奪われたりしかねないのだが、幹部をカネで買収していたことから、アン班長は安心しきっていたのかもしれない。

実際、一家の悪辣な行為については道党(朝鮮労働党咸鏡北道委員会)に複数の信訴(告発)が寄せられていたが、取り上げられることがなかった。ところが、ある勇気ある青年の行動が、事態を動かした。

長い兵役を終えて村に戻ったばかりのこの青年は、両親がアン班長から毎年穀物を借りるも、返済できずに借金が雪だるま式に増え、自宅、家畜、土地など全財産を奪い取られたのを知り、怒りに震えた。そして、隣人から証言を集めて、道党ではなく平壌の中央党(朝鮮労働党中央委員会)に信訴を提起した。

通常、信訴を行うには、途中で妨害されたりもみ消されたり、或いは加害者から逆襲されたりしないように、強力なコネを使うなどの「事前工作」が必要だ。青年がそれを行ったのか、または別の信訴もみ消し事件で中央党信訴担当部署の人員が大幅に入れ替えられた直後で、タイミングがよかったのか、詳細は不明だが、訴えが受け入れられるに至った。

<参考記事:北朝鮮社会が震撼「医大の性奴隷」事件で死屍累々

中央党はアン班長の行為について調査を行い、先月中旬に自宅を急襲、夫婦と娘とその夫までトラックに乗せ、どこかへ連れ去った。また、家と財産を没収し、土地は協同農場に返還された。一家がどこに連れ去られたのか知る者はいないが、状況からして、おそらく管理所(政治犯収容所)送りになったのだろうというのが村の噂だ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ノルウェー、新車販売の96%がEVに 他国を大きく

ワールド

マムダニ氏がNY市長就任、物価高対策の実現誓う

ワールド

情報BOX:トランプ米政権がベネズエラ大統領を拘束

ビジネス

米リビアン、25年納車は18%減で市場予想下回る 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...強さを解放する鍵は「緊張」にあった
  • 2
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 3
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙」は抑止かそれとも無能?
  • 4
    2026年の節目に問う 「めぐみの母がうらやましい」── …
  • 5
    ベネズエラ攻撃、独裁者拘束、同国を「運営」表明...…
  • 6
    野菜売り場は「必ず入り口付近」のスーパーマーケッ…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    「対テロ」を掲げて「政権転覆」へ?――トランプ介入…
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチン、その先は袋小路か
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 5
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中