最新記事

北朝鮮

北朝鮮国民が命がけで買い求める年末の「お供え物」

2020年12月28日(月)14時45分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

北朝鮮の国民の関心は来年の運勢に向いている KCNA-REUTERS

<宗教や占いの取り締まりが強化される一方、生活が困窮する国民は新年の幸運を祈る儀式に熱心>

北朝鮮では現在、来年1月開催の朝鮮労働党第8回大会に向けて、成果拡大キャンペーン「80日戦闘」が行われている。輝かしい成果で大会を飾ろうというものだが、人々の関心は別の方向に向いている。来年の運勢だ。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は、年末を迎えた北朝鮮で、来年こそは良い暮らしがしたいという人々が、神々に祈ったり、占い師に頼ったりする現象を伝えている。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は、コロナと台風で追い詰められた人々による「迷信行為」が増えていると伝えた。この迷信行為とは、宗教や占いなどの北朝鮮での総称だ。北朝鮮は宗教を「自然および社会的力が人々を支配すると人々の頭の中に間違って反映された意識の形態」と規定している。

北朝鮮は宗教、中でもキリスト教を忌み嫌い、信者のみならず、キリスト教関係者に接触したり、聖書を持っていたりしただけで処刑を含めた極刑を下している。その一方、占いに対しては比較的軽い処罰で済ませてきたが、最近になって、占い師を処刑するなど取り締まりを強化している。

<参考記事:女性芸能人らを「失禁」させた金正恩の残酷ショー

しかし、情報筋が伝えた現状は、取り締まりが効いていないことを表している。

「年が押し迫るにつれ、人々は、新年の運勢を占い、よりよい暮らしを願う迷信行為に使うお供え物を買い求めている」(情報筋)

咸鏡南道(ハムギョンナムド)の情報筋によると、最近市場で一番良く売れているのは、ロウソク、線香、そして豚の頭などのお供え物だ。去年までは爆竹を鳴らしていたが、コロナ対策で貿易が停止され、入荷しなくなってしまった。他も値段は上がっていているが、生活は苦しくともお供え物に使うカネはケチらないとのことだ。

大晦日には、取り締まりの目を避けつつ、来年の豊作を祈る告祀(コサ、儀式)を行う。庶民は、ロウソクに火を灯し、三色の布と銅銭を使って、簡単に告祀を行い、トンジュ(金主、新興富裕層)は、豚の頭などのお供え物を買って、大々的に行う。幹部やその家族も例外ではない。当局に目をつけられたら命に危険が及びかねないのだが、それでもお構いなしだ。

清津(チョンジン)では、漁師やトンジュが大晦日に海や川に行って、現金やお供え物を水に浮かべ、海の神や山の神に健康、安全、豊漁、商売繁盛を願うのが流行になっている。特に今年は、コロナ退散と貿易再開が主な願い事だ。

北朝鮮の五大演劇の一つに「城隍堂」(ソンファンダン、お堂)という作品がある。あらすじは次のようなものだ。

村はずれの丘の上にある城隍堂へのお供えを欠かさない、信心深い母親。その娘を、郡守(郡の長)の妾にして点数稼ぎをしようと企んだ地主は、母親に借金のカタに娘を差し出せと迫る。母親は「信心が足りなかったせい」と考え、ムダン(巫堂、シャーマン)の言葉に従い、娘を差し出そうとする。それを知った村の知識層の青年たちは、一芝居売って、母子を救う。母親は、自分の運命は先祖や神ではなく、自分で切り開くものだと悟り、城隍堂を打ち壊す。

<参考記事:北朝鮮で禁じられた占いが大流行する背景

しかし、宗教や迷信を否定する長年の思想教育の末にできあがったのは、「神」がいたポジションに、金日成主席ら最高指導者が居座っただけの、世界でもまれに見る個人崇拝体制だった。

北朝鮮の人々が、長年続く生活苦を解消できず、人々を抑圧するばかりの最高指導者への信頼感を失い再び神頼みに走っているのは、当然の結果だろう。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ--中朝国境滞在記--』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ドイツ首相、ガソリン車などの販売禁止の緩和を要請 

ワールド

米印貿易協定「合意に近い」、インド高官が年内締結に

ワールド

ロシア、ワッツアップの全面遮断警告 法律順守しなけ

ワールド

ハンガリー首相、ロシア訪問 EU・NATO加盟国首
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 8
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 9
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 10
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中