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今のアメリカは「真ん中」が抜け落ちた社会の行きつく先

2020年12月30日(水)11時05分
金成隆一(朝日新聞国際報道部機動特派員)※アステイオン93より転載

今のアメリカの姿は「真ん中」が抜け落ちた社会の行き着く先ではないだろうか。大統領トランプが「私たち」と言うときに、「そこに自分は含まれていない」と感じる、様々なマイノリティーがいる。

アメリカ社会には無数の断層が走っている。多様な人種、宗教、文化、考え方の人々が暮らしているので当然だろう。放っておけば摩擦が起きるが、歴代の指導者は何とか共通の理念や歴史を語り、結束を試みてきた。それでも断層はうっすら見えている。そんなことは、ほとんどのアメリカ人は知っているが、多くは、「私とあなたには違いもあるけど、共有している部分の方が多いはずだから共存しましょう」という姿勢で暮らしてきた。

ところがトランプは、その断層を広げようとしてきた。できた隙間に指先をひっかけ、別の断層も見つけ出しては、よじ登ろうとしてきた。これまでは失敗ばかりだったが、「100年に一度の危機」と言われた2008年の金融危機を経て、貧富の差への絶望、中流層から転落しそうだという不安が、普通のアメリカ人を襲った。人種や宗教の多様化が進み、「かつてのアメリカがなくなる」という不安や不満は、特に中高年の白人にマグマのように蓄積していた。

トランプは、それらを刺激し、怒らせようとしてきた。すると、断層の隙間に指先が入るようになり、つま先を突っ込めそうな足場も見つかった。それを繰り返しているうちに、「アメリカ大統領選」という、おそらく最も困難な壁の一つをよじ登った。

この局面で、民主党は大統領候補として、「ザ・真ん中」と呼べそうな穏健派ジョセフ・バイデンを選んだ。「真ん中」であるが故だろう、トランプや上院議員サンダースのように支持者に熱狂は生み出せていない。

それでも次の指導者が、国家としての「連帯感」を語らなければ、新しい「アメリカの世紀」の実現も難しいだろう。今のように虚実ない交ぜの不毛な闘争にエネルギーを奪われれば、国力も国際的な指導力も下がるばかりだろう。

急速に多様化する国家で「私たち」の修復は可能なのか。アメリカの挑戦を注視していきたい。

金成隆一(Ryuichi Kanari)
1976年生まれ。慶應義塾大学法学部卒、2000年朝日新聞社入社。大阪社会部、ハーバード大学日米関係プログラム研究員、ニューヨーク特派員、東京経済部を経て現職。第21回坂田記念ジャーナリズム賞、2018年度ボーン上田記念賞を受賞。著書に『ルポ トランプ王国』『ルポ トランプ王国2』(いずれも岩波新書、第36回大平正芳記念賞特別賞)など

当記事は「アステイオン93」からの転載記事です。
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アステイオン93
 特集「新しい『アメリカの世紀』?」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

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