最新記事

アメリカ

今のアメリカは「真ん中」が抜け落ちた社会の行きつく先

2020年12月30日(水)11時05分
金成隆一(朝日新聞国際報道部機動特派員)※アステイオン93より転載

トランプ支持者たちは米大統領選結果への抗議を続けた(2020年12月12日、ワシントン) Jim Urquhart-REUTERS


<アメリカ社会は「真ん中」が抜け落ちてしまった。「文化戦争」が激化し、共和・民主両党の支持者の一部が相手党を「国の脅威」と認定するまでになっている。論壇誌「アステイオン」93号は「新しい『アメリカの世紀』?」特集。同特集の論考「真ん中が抜け落ちた国で」を3回に分けて全文転載する(本記事は最終回)>

※第1回:労組に入らず、教会に通わない──真ん中が抜け落ちたアメリカ
※第2回:報道機関の「真ん中」の消失、公共インフラの惨状が深めた分断から続く

妥協を困難にする「文化戦争」

こうなると「真ん中」が抜け落ちたアメリカで、「私たち」という連帯感を醸成できるかという問いにぶつかる。難題として立ちふさがるのが、1990年代から指摘される、価値観をめぐる「文化戦争」だろう。

同性婚や公立学校での礼拝、妊娠中絶、移民政策など争点は多岐にわたるが、煎じ詰めると「宗教」と「同化」に行き着く。いずれも今日の発火点は、主流の規範や価値観に疑問を呈す「対抗文化」が勢いを持った1960年代にありそうだ。

宗教については、アメリカは1791年の修正憲法第一条で「国教会制度」を放棄した。国家が特定の宗教に国教会としての特別の地位を与えないことを決めたが、実際の暮らしではキリスト教に基づく習慣が大切にされてきた。文化保守は「ユダヤ・キリスト教的な伝統」(Judeo-Christian tradition)が、リベラル勢力によって1960年代以降、公的空間から排除されてきたことへの憤りを語る。厳格な「政教分離」を求める人々が、公立学校でのお祈りや聖書の朗読を問題視し、訴訟に持ち込んだ。最高裁は1962年、1963年の判決で、強制された祈りも聖書の朗読も違憲とした。

今でも公立学校からの「モーゼの十戒」の石碑撤去などが続いている。「メリー・クリスマス」の代わりに、宗教性を排した「ハッピー・ホリデー」が都市部で広まる。白人の高齢者の間には「慣れ親しんだキリスト教を土台とした社会が揺らいでいる」という危機感がある。若者の「モラル低下」も同根と感じている。

この不満を発信したのが、1992年の共和党全国大会で演説した、パット・ブキャナンだ。「この選挙では、私たちが何者であるのか、何を信じているのかが問われている。国内では、アメリカの魂をかけて宗教戦争が起きている。文化戦争です」(中略あり)

この演説には、大きな批判が出たと本人が著書に記しているが、地方を取材すれば、この感覚は特に白人高齢者の間で広く共有されていることが分かる。最近では、文化保守を怒らせた争点が同性婚だ。最高裁は2015年、同性婚を禁じる州法に違憲判決を出した。反対派が優勢だった世論も2011年に初めて逆転し、2019年には賛成派(61%)が反対派(31%)を引き離している。世俗化が進む中、文化保守は焦っているが、価値観を巡る対立は「真ん中」での妥協が困難で、分断の強い要因になっている(図3)。

asteion20201230kanari-3-chartB.png

「アステイオン」93号102ページより

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中