最新記事

朝鮮半島

オーストラリアが打ち砕く、文在寅に残された「たったひとつの希望」

2020年11月20日(金)16時30分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

<韓国が北朝鮮との五輪共同開催を実現するためには、北朝鮮国内の人権状況の改善が絶対に必要>

共同通信によれば、国際オリンピック委員会(IOC)は17日、バッハ会長とオーストラリアのモリソン首相が来日中の東京都内で会談したと明らかにした。首相は同国北東部クイーンズランド州への2032年夏季オリンピック・パラリンピックの招致で、政府の全面支援を約束したという。

報道によれば、クイーンズランド州はブリスベンやゴールドコーストなどでの開催を想定しているという。計画の詳細はわからないが、聞いただけでなかなか魅力的に感じる。

一方、2032年五輪招致では韓国と北朝鮮が共同開催を掲げてきた経緯がある。韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩国務委員長(朝鮮労働党委員長)が2018年9月の南北首脳会談に合わせて採択した共同宣言で、2032年五輪の南北共同開催を招致するため協力するとうたっているのだ。これを受け、韓国政府は今年1月、五輪の南北共同招致とソウル・平壌共催を推進するための計画案を閣議決定した。

しかし、オーストラリアが本気で招致活動を展開したら、韓国と北朝鮮にとっては強敵になる。そもそも本当に五輪を共同開催したければ、北朝鮮国内の人権状況の改善が絶対に必要だ。残酷な方法で公開処刑を行い、それを人々に強制見学させる国で、五輪を開催することなどできるだろうか。

<参考記事:女性芸能人らを「失禁」させた金正恩の残酷ショー

共同宣言でうたわれた南北協力はすでに形骸化しつつあり、北朝鮮が五輪招致についてどのような意思を持っているかも不明だ。実際、南北は共同宣言で、東京五輪の複数競技で南北合同チームを結成すると合意していたが、北朝鮮側のアクションがなく、実現はきわめて微妙になっている。それどころか、北朝鮮は東京五輪に来るかどうかすらわからないのが実情だ。

それでも文在寅氏にとっては、時間的な猶予がある共同招致の方針を堅持することが、ほとんど崩れ去った南北融和の夢に残された「たった一つの希望」なのかもしれない。

だが、五輪招致に向けた文在寅政権の動きに対しては韓国の国内外からの批判も強い。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局副局長であるフィル・ロバートソン氏は米紙ワシントンポストの1月18日付で、「北朝鮮に対する認識に関して、文大統領は『ラ・ラ・ランド』(ファンタジー映画)のような別世界に住んでいる。五輪共同開催提案は現在の政治的現実と完全にかけ離れた太陽政策的楽観主義の上に構築された巨大プロジェクトだ」と痛烈に批判している。

韓国政府がこれらの難関をクリアし、2032年五輪の共同開催にこぎつける可能性は、限りなく少ないように見える。

<参考記事:文在寅政権が日本を巻き込む「三文芝居」の軽薄な目的

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ--中朝国境滞在記--』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

BBC、恣意的編集巡りトランプ氏に謝罪 名誉毀損は

ビジネス

ベゾス氏の宇宙企業、大型ロケットの2回目打ち上げに

ビジネス

英首相と財務相、所得税率引き上げを断念=FT

ワールド

COP30、慈善団体が気候変動健康影響研究に3億ド
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 10
    「ゴミみたいな感触...」タイタニック博物館で「ある…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中