最新記事

ドイツ妄信の罠

日本が「普通の国」を目指すのは正しい 間違っているのはプロセスだ

THE GERMAN-JAPANESE GAP

2020年11月1日(日)17時04分
イアン・ブルマ(作家・ジャーナリスト)

日本は違う。戦前、戦中を通じて天皇だった人物が戦後も皇位にとどまった。しかも国家が組織的に大量虐殺を進めたわけではないから、ナショナリストは「日本は間違いも犯したかもしれないが、欧米列強の支配からアジアの同胞を解放する名誉ある戦いをしたのだ」と主張できた。

要するに、日本では戦争放棄をうたった9条をはじめ、憲法について議論をしようとするなら、歴史問題を避けて通れない。

ドイツ人は国防や外交を議論するのに、いちいち自国の過去について延々と議論をする必要はない。極右でもない限り、ナチスを擁護する人はいないからだ(残念ながら、今はその極右が勢いを増しているが)。

日本はいまだに歴史問題を引きずっている。そのために安倍は日本を「普通の国」にするという悲願を実現できなかったのだ。

それでも、安倍の悲願(後継者の菅義偉首相もその実現を目指しているはずだ)は、国民的議論に付すに値する政策課題だ。安全保障でアメリカに完全に依存する状態は日本にとってよろしくない。民主的な選挙で選ばれた日本政府が特定の状況で武力を行使すべきか否かを判断する権限を持つほうが望ましい。

議論を主導すべき指導者の質

9条をめぐる議論はずるずる先延ばしにされてきた。この議論を行うには、イデオロギーに縛られず、第2次大戦中の自国の行為をきちんと検証する作業が不可欠だ。軍国主義時代の日本にはナチスのような組織的な虐殺計画はなかったにせよ、日本の中国・東南アジア侵攻に伴い、何百万人もの犠牲者が出たことは否めない。その事実を直視すべきだ。

歴史問題の議論は右派ナショナリストの主導ではうまくいかない。「日本のウィリー・ブラント」の名にふさわしい指導者、つまり自国の過去の最悪の罪からも目をそらさず、言い訳をせず、事実を否認せず、靖国神社に参拝したりしない指導者が主導すべきだろう。

今後、日本が民主主義と自由を守るために武力を行使しなければならない日が来るかもしれない。だが、いまだに旧日本軍の戦いを正当化できると思い込んでいるような指導者には、武力行使の権限は託せない。

安倍の誤りは憲法を書き換えさえすれば、日本は普通の国になれると考えたことだ。より思慮深い指導者なら、曇りなき目で歴史を検証することが先決だと気付いたはずだ。

ドイツは歴代の指導者も国民もナチスの過去とまともに向き合ったからこそ、ヨーロッパと世界においてより安定した地位を築けた。日本はまだそれができていない。

日本が自国の罪を公式に認め、近隣諸国の信頼を回復できれば、改憲論議は硬直的で不毛な議論ではなく、国家の未来を見据えた建設的な議論になるだろう。

<本誌2020年11月3日号本誌「ドイツ妄信の罠」特集より>

20250311issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年3月11日号(3月4日発売)は「進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗」特集。ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニスト、29歳の「軌跡」

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米メーシーズ、第4四半期利益が予想超え 関税影響で

ワールド

ブラジル副大統領、米商務長官と「前向きな会談」 関

ワールド

トランプ氏「日本に米国防衛する必要ない」、日米安保

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中