最新記事

中印関係

中印衝突の舞台は海上へ 中国の野心に巻き込まれるタイに「分断」の危機?

The Next Front in the India-China Conflict

2020年9月9日(水)19時30分
サルバトーレ・バポネス(シドニー大学准教授)

パナマ運河がいい例だ。かつてコロンビア領だったパナマ地峡では、1903年に分離独立を求める運動が起こり、運河建設を望んだアメリカの介入を招いた。結果的にパナマは独立を果たし、1914年にはパナマ運河が開通したが、以来パナマは事実上アメリカの保護領となっている。

1869年に開通したスエズ運河も、1956年にエジプトが国有化を断行するまで、イギリスとフランスの利権をめぐる軍事介入が絶えなかった。そしてエジプト政府は今、運河の向こう側に広がるシナイ半島で、イスラム反体制派の活動に苦慮している。

パナマ運河との共通点

今のところ、タイの領土的一体性は保たれている。だが、タイ運河が実現すれば、東南アジアの地政学は大きく変わるだろう。必然的にこの地域の安全保障パートナーとして、中国の介入を招くことになる。一度そうなれば、容易に追い出すことはできなくなる。パナマに聞いてみるといい。

中国は、カンボジア南西部のシアヌークビルと、ミャンマーのチャウピューの港湾整備計画と合わせて、タイ運河を「真珠の首飾り」の一部をなす戦略的水路と見なすだろう。もしタイに反中政権が誕生して、首飾りを壊すようなことがあれば、中国が最南部の分離独立運動を支援して、軍事介入に踏み切り、運河の支配権を握る可能性も排除できない。ここでもパナマが参考になる。

こうしたリスクに気付いたのか、タイのサクサヤム・チドチョブ運輸相は最近、運河ではなく鉄道や高速道路を建設するほうが望ましいと語った。また、地峡の両端に港を建設する計画と、陸橋を建設する計画の調査予算を確保したことも明らかにした。

タイ運河はアメリカとその同盟国、あるいは戦略的要衝を軍備増強して中国の拡張主義に対抗し得るインドには大きな脅威にはならないかもしれない。しかし一方で、ミャンマーやカンボジアなど、近隣の貧困国の独立を一段と脅かす恐れがある。これらの国は市民社会が比較的弱く、中国に介入されやすいからだ。それこそがタイにとっての絶対的な危険だ。

マラッカ海峡がシンガポールを豊かにしたのは、シンガポールが外国の影響を比較的受けないオープンな経済を持っているからだ。タイは、中国に危険な賭けを始める前に、その教訓を慎重に検討する必要がある。

From Foreign Policy Magazine

<2020年9月15日号掲載>

【関連記事】中印衝突で燃えるインドの反中世論
【関連記事】核弾頭計470発、反目し合う中国とインドを待つ最悪のシナリオ

【話題の記事】
大丈夫かトランプ 大統領の精神状態を疑う声が噴出
中国からの「謎の種」、播いたら生えてきたのは......?
地下5キロメートルで「巨大な生物圏」が発見される
中国は「第三次大戦を準備している」
ハチに舌を刺された男性、自分の舌で窒息死

20200915issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

9月15日号(9月8日発売)は「米大統領選2020:トランプの勝算 バイデンの誤算」特集。勝敗を分けるポイントは何か。コロナ、BLM、浮動票......でトランプの再選確率を探る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン抗議デモで死者500人超、トランプ氏「強力な

ワールド

トランプ氏、ベネズエラ石油収入の差し押さえ阻止へ大

ビジネス

パウエルFRB議長を捜査、米連邦検察 本部改修巡り

ワールド

トランプ氏、キューバに圧力 ベネズエラからの石油・
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画をネット民冷笑...「本当に痛々しい」
  • 4
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 9
    飛行機内で「マナー最悪」の乗客を撮影...SNS投稿が…
  • 10
    決死の嘘が救ったクリムトの肖像画 ──ナチスの迫害を…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 6
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 7
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 8
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 9
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 10
    「グリーンランドにはロシアと中国の船がうじゃうじ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中