中印衝突の舞台は海上へ 中国の野心に巻き込まれるタイに「分断」の危機?
The Next Front in the India-China Conflict
パナマ運河がいい例だ。かつてコロンビア領だったパナマ地峡では、1903年に分離独立を求める運動が起こり、運河建設を望んだアメリカの介入を招いた。結果的にパナマは独立を果たし、1914年にはパナマ運河が開通したが、以来パナマは事実上アメリカの保護領となっている。
1869年に開通したスエズ運河も、1956年にエジプトが国有化を断行するまで、イギリスとフランスの利権をめぐる軍事介入が絶えなかった。そしてエジプト政府は今、運河の向こう側に広がるシナイ半島で、イスラム反体制派の活動に苦慮している。
パナマ運河との共通点
今のところ、タイの領土的一体性は保たれている。だが、タイ運河が実現すれば、東南アジアの地政学は大きく変わるだろう。必然的にこの地域の安全保障パートナーとして、中国の介入を招くことになる。一度そうなれば、容易に追い出すことはできなくなる。パナマに聞いてみるといい。
中国は、カンボジア南西部のシアヌークビルと、ミャンマーのチャウピューの港湾整備計画と合わせて、タイ運河を「真珠の首飾り」の一部をなす戦略的水路と見なすだろう。もしタイに反中政権が誕生して、首飾りを壊すようなことがあれば、中国が最南部の分離独立運動を支援して、軍事介入に踏み切り、運河の支配権を握る可能性も排除できない。ここでもパナマが参考になる。
こうしたリスクに気付いたのか、タイのサクサヤム・チドチョブ運輸相は最近、運河ではなく鉄道や高速道路を建設するほうが望ましいと語った。また、地峡の両端に港を建設する計画と、陸橋を建設する計画の調査予算を確保したことも明らかにした。
タイ運河はアメリカとその同盟国、あるいは戦略的要衝を軍備増強して中国の拡張主義に対抗し得るインドには大きな脅威にはならないかもしれない。しかし一方で、ミャンマーやカンボジアなど、近隣の貧困国の独立を一段と脅かす恐れがある。これらの国は市民社会が比較的弱く、中国に介入されやすいからだ。それこそがタイにとっての絶対的な危険だ。
マラッカ海峡がシンガポールを豊かにしたのは、シンガポールが外国の影響を比較的受けないオープンな経済を持っているからだ。タイは、中国に危険な賭けを始める前に、その教訓を慎重に検討する必要がある。
<2020年9月15日号掲載>
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