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終戦の日

戦後75周年企画:連合軍捕虜の引き揚げの記録を初公開 ~あの日、何があったのか【Part 2】

2020年8月15日(土)12時00分
小暮聡子(本誌記者)

釜石捕虜収容所の所長交代に際しての記念写真。前列右側で軍刀を所持しているのが稲木誠 COURTESY DAVID PECK

<終戦の日、日本国内には130カ所の連合軍捕虜収容所があり、岩手県釜石市に746人の捕虜がいた。彼らが引き揚げるまでの1カ月間についてつづられたノンフィクション「降伏の時」(筆者:中山喜代平〔本名:稲木誠〕)を4回に分けて公開する。今回はその2回目、舞台は1945年8月18日から9月2日の釜石捕虜収容所だ。>

※ここまでの話(戦後75周年企画:連合軍捕虜の引き揚げの記録を初公開 ~あの日、何があったのか【Part 1】)はこちら

勝者の叫び

 18日の朝、大橋、釜石両収容所の職員が事務室に集まり、吉田中尉が今後の管理方式を皆に伝えた。それが終わるとすぐ、俘虜代表の将校たちに事務室に集まってもらった。大橋収容所側は米軍のダックウェイラー少佐とジーグラー大尉、釜石収容所側は米軍のグレイディ大尉、英軍のブラックストン中尉、蘭軍のシテンヘーハー中尉が席に着いた。
 
 私が英語で今後の運営について説明すると、彼らは一つ一つうなずいて、胸の喜びを隠しきれない様子だった。ジーグラー大尉が明日から点呼の時刻を朝は6時10分、夕刻は午後7時に改め、喫煙時間を午後10時までに延ばしたいと語り、異議なく散会となった。
 
 東京方面では海軍の横須賀鎮守府、藤沢航空隊が降伏反対で騒いでいるようだ。新聞には東久邇宮内閣が成立したことや大西瀧治郎軍司令次長の自刃が報道されているという。
 
 帰国の日を待つばかりとなった俘虜たちは20日朝から彼ら自身で点呼を行うことになり、号令、報告すべて彼らの様式に変わった。
 
 ある班長はグレイディ大尉への人員報告をやりそこなって班員の失笑を買った。ここ数年間日本軍の点呼を受けてきて、今朝から突然、自国流の点呼報告に変わったのだから間違えるのも無理はなかった。
 
 班長が報告をやり直すのを皆が面白そうに聞いていた。彼らにとって、緑に囲まれた山の中の点呼は苦難の末に取り戻した自由をはっきり自覚させるものだった。

「俘虜たちは収容棟に大きな受信機を持ち込んで英語の放送を聞いています。一体何の放送でしょう」

 21日午後、大橋収容所庶務係の高橋軍曹が事務室で話しているので、私は様子を見に行った。収容棟の一隅に大型受信機が置かれ、それから出る声を20~30人が静かに聞いている。紙面に書き取る人もいた。これまでに見たこともないほどにたくさんの真空管を付けた受信機で、ジーグラー大尉が製作したものだという。

 オーストラリアからアジア全域の連合軍将兵に対し、これから開始する日本進駐について指令を出しているのだった。一語一語ゆっくりアナウンスしているのは間違いなく書き取らせるためという。
 
 放送を聞いている俘虜たちの間に見知らぬアジア人が1人いた。私の視線がその男に注がれているのに気付いて、ジーグラー大尉は鉱業所で一緒に働いていた友人だと私に説明した。
 
 俘虜と一般工員の接触は禁止されていたのだが、終戦となるとすぐ収容所に入り込んで海外放送を聞いているこの男は、以前から俘虜と接触していたのではなかろうか。謀略はなかったか。私にはピンと感じられるものがあるが、敗戦の今となってはそんな詮索もあとの祭りだ。
 
 受信機についても疑問が湧く。彼らは以前から海外放送を盗聴していなかったか。ジーグラー大尉は将校だから労務に出なくても良いのに、自ら希望して電気修理室に働きに出ていた。あれは海外放送の盗聴を狙っていたのではないか。
 
 彼らの謀略についてあれこれ推理しているうちに、いつの間にか、アジア人の姿は収容棟から消えていた。

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