最新記事

中国

コロナ騒動は「中国の特色ある社会主義」の弱点を次々にさらけ出した

2020年7月23日(木)11時20分
近藤大介(ジャーナリスト) ※アステイオン92より転載

米中貿易戦争で揺らいだ中国

この状況を打ち破ったのは、アメリカのドナルド・トランプ政権だった。中国で「習近平皇帝の戴冠式」(二〇一八年三月の全国人民代表大会)の終了を待つかのように、同年三月二二日に突如、トランプ大統領が、中国に対して鉄鋼に二五%、アルミニウムに一〇%の追加関税をかけ、さらに新たに六〇〇億ドル分の中国からの輸入品に、追加関税をかけると宣言したのである。中国に対する貿易戦争の「宣戦布告」だった。

この時、中南海では「対米主戦論」が強まった。太平洋戦争期の日本でも同様だったが、健全な民主主義が機能していないと、「外敵」を前にして、政権は強硬な意見に傾いていくものだ。習近平主席が口にしたと囁かれた「奉陪到底(フェンペイタオデイー)」(最後まで付き合ってやる)という凄みのある言葉を、外交部も商務部も中央電視台(CCTV)も喧伝し、アメリカへの対抗意識を剝き出しにした。

だがこの強硬策は、裏目に出た。アメリカは同年七月に第一弾、八月に第二弾、九月に第三弾と、計二五〇〇億ドルもの中国製品に追加関税をかけ、もともと悪化していた中国経済は、干上がってしまったのである。中国は世界第二の経済大国とはいえ、しょせんはアメリカ経済の三分の二の規模しかない。世界貿易に使われる通貨比率に至っては、米ドルが過半数を占めるのに対し、中国人民元は二%にも満たなかった。

米中がガチンコ勝負すれば、優劣は自明の理だったのである。中国では「雪上加霜(シュエシャンジアシュアン)」(雪の上に霜が加わる=泣きっ面に蜂)という成語が飛び交うようになった。

同年八月、習近平主席は共産党の会議で、初めて「私は自分の偶像崇拝など求めていない」と、釈明を余儀なくされた。同年暮れのブエノスアイレスG20の際に行われた米中首脳会談は事実上、中国側のアメリカに対する「白旗会談」となった。中南海は、二〇一九年が明けてもアメリカへの妥協論に包まれていた。

再び風向きが変わったのは、同年五月である。強気だった中国の「後退」を見て、トランプ政権はディールを終えてチップを確定させればよかったのだが、さらにコインを積んで勝負を続けようとした。その結果、中国が「ちゃぶ台返し」に出たのである。

中国はアメリカとの貿易交渉を中断させ、一年ぶりに「奉陪到底」のスローガンを登場させた。同時に、毛沢東の『持久戦論』の学習運動を始めた。一九三八年夏に、前年からの日中戦争で日本軍に攻め込まれる中、急戦ではなく一時撤退、戦力育成、反撃撃退という持久戦で勝利すると毛沢東が説いた演説集だ。「日本」を「アメリカ」に置き換えて、対米戦争を持久戦で勝ち抜こうというのである。

この米中貿易戦争は、その後も紆余曲折を経て、二〇二〇年一月一五日、両国は妥結に至った。第一段階の合意書に、トランプ大統領と劉鶴(りゅうかく)副首相(習近平主席の中学時代の同級生)がサインした。トランプ大統領が「宣戦布告」してから、実に二年近くが経過していた。

この頃、北京を訪れたが、中国側にアメリカと妥結に至ったという高揚感はなかった。あるのは、諦念とも言えるものだった。ある中国共産党員はこう述べた。

「結局、二年近くに及んだ交渉で悟ったのは、今秋にトランプが大統領に再選されようが、別の誰かが代わろうが、中米対決は長期的かつ全面的なものになるということだ。今後、貿易戦争 → 技術戦争(5Gなど)→ 金融戦争(デジタル通貨など → 局地戦争(南シナ海、東シナ海、台湾など)と、戦線は拡大していくだろう。ともかく二一世紀の中頃までに、アメリカと雌雄を決する」

雌雄を決するのは、まさに二一世紀の人類にふさわしい制度は、アメリカ式資本主義か、それとも中国の特色ある社会主義(中国模式)かということに他ならなかった。

「欧米式の民主制度というのは、互いの戦争を食い止めるための窮余の策として、ここ数百年行っているに過ぎない。しかも破綻を見せている。EUで二番目の経済大国であるイギリスが離脱し、各国で国粋主義が台頭するなど、EU分裂が始まった。アメリカでは、『アメリカ・ファースト』を掲げ、国境に壁を作ったり同盟国との関係を軽視したりするトランプが、第二次世界大戦後のアメリカの理念に挑戦している。このように、先に瓦解していくのは欧米民主国家の方だ。習近平新時代の中国の特色ある社会主義システムは、彼らよりもはるかに強固なのだ」(同前)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

仏英、1カ月のウクライナ部分停戦を提案とマクロン氏

ビジネス

アングル:米高関税対策でカナダ牛が減少加速、米で牛

ビジネス

ユーロ圏2月CPI速報、前年比+2.4%に鈍化 サ

ビジネス

英製造業PMI、2月改定値は46.9に低下 人員削
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Diaries』論争に欠けている「本当の問題」
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 5
    バンス副大統領の『ヒルビリー・エレジー』が禁書に…
  • 6
    米ウクライナ首脳会談「決裂」...米国内の反応 「ト…
  • 7
    世界最低の韓国の出生率が、過去9年間で初めて「上昇…
  • 8
    生地越しにバストトップがあらわ、股間に銃...マドン…
  • 9
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 3
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほうがいい」と断言する金融商品
  • 4
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 5
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 6
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 7
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 8
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 9
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 10
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中