最新記事

感染症対策

知られざる日本のコロナ対策「成功」要因──介護施設

One Secret of the “Japan Model”

2020年7月16日(木)15時10分
マルガリータ・エステベス・アベ(米シラキュース大学准教授)

また、施設にいる高齢者のうち何%がコロナで亡くなったかという数値に換算すると、ドイツが0.4%、スウェーデンが2.8%、イギリスが5.3%、スペインが6.1%であるのに対し、日本は0.01%にも満たない。

高齢者施設で起こる感染は集団化する傾向が強く、それを隠すことは難しいが、日本のPCR検査数が先進諸国より桁違いに少ないために、コロナ死亡者数が実際よりも低く見積もられている可能性は残る。そこで、先日発表された4月の人口動態速報を基に、コロナ関係のデータを多く公開しているフィナンシャル・タイムズ紙と同じ計算式で過去5年間の同じ月の死亡者数と比較して、どれだけ死亡者数に変化があったか(超過死亡)を計算した。

すると、東京での超過死亡は3月に2.2%、4月に8.4%増加した程度であり、同様の大都市であるロンドン(それぞれ8.8%、192%増)やニューヨーク(それぞれ49%、480%増)と比べて大幅に少ない。

この数値から見ても、日本の高齢者施設での感染・死亡者数が過少に算出されている可能性は低いであろう。

コロンビア大学のジェフリー・サックス教授は、東アジアはSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)での経験により、感染症対策にたけていたのではないか、という重要な指摘をしている。

他の東アジア諸国と違い、SARS・MERSで苦汁をなめていない日本であるが、新型インフルエンザ等への対策として従来から、高齢者施設内に感染対策委員会を設置するなど、細やかなガイドラインとマニュアルの整備がなされ、改訂されてきた。そして、インフルエンザ流行時には感染予防として高齢者施設の面会制限などが以前から行われてきた。日本では施設の「ロックダウン」に関して入所者の家族らが慣れていたことも社会的には重要な点だ。

また、感染症対策がトップダウンというよりも厚労省・各自治体・施設内でルーティン化されていたので、政治の介入抜きでコロナ対策がほぼ自動的に作動した。欧米では医療従事者でさえインフルエンザの季節でもマスクなしで患者に接しており、老人ホームなどではさらに意識は低い。

以上の国際比較を鑑みると、日本の介護・感染症予防行政、そしてマスクさえ足りず、入所者の家族からの寄付などを受けながら頑張った日本の高齢者介護従事者らの苦労と貢献は明白だろう。

コロナ第1波での対策の成功は、日本の介護制度が世界に誇れるものであることを示すものだ。にもかかわらず、政府のデータ公開が遅いために国際データから日本が除外され、興味を持ってもらえないことが残念である。

<本誌2020年7月21日号掲載>

【話題の記事】
中国のスーパースプレッダー、エレベーターに一度乗っただけで71人が2次感染
巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
ロンドンより東京の方が、新型コロナ拡大の条件は揃っているはずだった
中国は「第三次大戦を準備している」

20200721issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年7月21日号(7月14日発売)は「台湾の力量」特集。コロナ対策で世界を驚かせ、中国の圧力に孤軍奮闘。外交・ITで存在感を増す台湾の実力と展望は? PLUS デジタル担当大臣オードリー・タンの真価。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ヘッジファンド、銀行株売り 消費財に買い集まる=ゴ

ワールド

訂正-スペインで猛暑による死者1180人、昨年の1

ワールド

米金利1%以下に引き下げるべき、トランプ氏 ほぼ連

ワールド

トランプ氏、通商交渉に前向き姿勢 「 EU当局者が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 2
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中