最新記事

映画俳優

「永遠のよそ者」ブルース・リーの知られざる苦悩

Like Water

2020年7月3日(金)15時40分
ジャック・ハミルトン

リーは複数の文化の交差点のような存在だったが、それが時に彼を苦しめた。彼はサンフランシスコに生まれ、香港で育った。父は広東オペラのスター俳優で、母は欧州の血を引く裕福な一族の出身だった。恵まれた子供時代ではあったが、植民地主義のもたらした混乱や分裂という文脈の中で彼は育った。

18歳でアメリカに戻り、ワシントン大学に入学。さまざまな人種・民族の友人と付き合うなかで、恋に落ちた相手は白人のリンダだった。

『ビー・ウォーター』はESPNの番組にしては珍しく、人種問題を丁寧に掘り下げている。リーがハリウッド進出を目指していた時代、黄色人種を戯画的に描く役以外にアジア人俳優の仕事はほとんどなかった。リーはそんな壁を打ち破ろうと必死で戦った。

ドラマ『グリーン・ホーネット』では、粘り強い交渉の末に自身の演じるカトーのせりふや出番を増やすことに成功。だがリーが原案をワーナー・ブラザースに持ち込んだとされるドラマ『燃えよカンフー』では、主役をデービッド・キャラダインに奪われた。

1970年代初めの白人中心のハリウッドでは、アジア系男性が「ヒーロー」役を演じるなどとんでもない話だった。だが香港に戻って初めて主演したカンフー映画『ドラゴン危機一髪』(1971年)で、リーは一躍スターとなる。続く72年の『ドラゴン怒りの鉄拳』『ドラゴンへの道』も、さらなるヒットを記録した。

magc200703-lee02.jpg

代表作の「燃えよドラゴン」は世界的な大ヒット作に BRUCE LEE FAMILY ARCHIVE

常に宙ぶらりんの状態

製作にワーナーが加わった『燃えよドラゴン』の世界興行収入は9000万ドル(現在の貨幣価値で言えば5億ドルくらい)に達した。リーを世界に向けて大々的に売り出すという所期の目的も達せられた。もっとも死によって、リーは生きたスターではなく伝説になってしまったのだが......。

本作の最大の欠点は、リーという人間の内面に十分に迫っていないことだ。知人たちの証言は大ざっぱだったり、故人を美化し過ぎていたりする。おかげでリーは多くの偉大な芸術家たちと同じく、そもそも一般人の理解を超えた人物だったのだろうという印象が残される。

本作中でリーは「太平洋のど真ん中」にいるような存在だと表現される。文化評論家のチャンに言わせれば、2つの大陸と2つの文化の間で宙ぶらりんになった状態だ。アメリカにも香港にも完全にはなじめず、成功を収めてからはスターとしての立場があり、家庭では人種や文化の異なる相手との暮らしがあり、彼は常に「よそ者」だった。

【関連記事】国家安全法成立で香港民主化団体を脱退した「女神」周庭の別れの言葉
【関連記事】香港デモ支持で干された俳優アンソニー・ウォンが『淪落の人』に思うこと

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米共和党州司法長官、ユニオン・パシフィックのノーフ

ワールド

トランプ氏、ベネズエラと協議開始の可能性示唆

ワールド

米FAA、国内線の減便措置終了へ 人員巡る懸念緩和

ワールド

タイGDP、第3四半期は前年比+1.2% 4年ぶり
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中