最新記事

日本社会

新型コロナウイルス対応の経済対策は「経済的な死者」の急増阻止を最優先に

2020年3月25日(水)19時00分
斎藤 太郎(ニッセイ基礎研究所)

実は、急速に落ち込んでいる需要を喚起するために特別な経済対策は必要ない。政府が終息宣言をし、自粛要請を解除するだけで経済活動は元の状態に戻る。しかし、現状は感染拡大を防ぐために自粛要請を続けているのだから、その間は需要の拡大を諦めるしかない。

倒産→失業→自殺の悪循環を断ち切る

足もとの景気悪化は、経済的な被害が一部の業界に偏り、かつその被害が極めて大きいことが特徴である。もちろん、経済の停滞が長期化すれば悪影響は全体に及ぶことになるが、現時点では、旅行、宿泊、航空、外食、レジャー関連などの業界が甚大な被害を受けている一方で、悪影響が限定的にとどまっている業界も少なくない。また、休業や失業で収入が激減した労働者もいれば、公務員やリモートワークが進んでいる会社で働く人のように、収入がそれほど変わらない労働者もいる。したがって、減税や給付金のように広く薄く恩恵が及ぶような政策は適切とはいえず、一点集中型の対策を講じるべきだ。

すでに政府が打ち出している中小企業の資金繰り支援、休業補償、雇用調整助成金の拡充などは一定の効果があると思われるが、現在直面している事態への対応として十分とはいえない。たとえば、雇用調整助成金は事業活動の縮小を余儀なくされた場合に、労働者の雇用の維持を図る事業者に対して助成金を支給するものだが、あくまでも事業の継続を前提しており、新型コロナウイルスの影響を強く受けた企業の多くは事業存続の危機に瀕している。企業が倒産してしまえばこの制度は意味を持たなくなる。

重要なことは倒産、失業の増加を防ぐことであり、そのためには新型コロナウイルスの影響で消失した企業の売上高を政府が補填することに踏み込むべきだ。業種を限定した上で、売上高が一定以上減少している企業、個人事業主に対して、雇用の維持を条件として、失われた売上高の相当部分(たとえば8割)に対して返済不要の資金提供を行えば、倒産、失業の急増に歯止めをかけることができるだろう。

この政策を実行するためには、数十兆円単位の財政出動が必要となるかもしれないが、危機の際に巨額の借金ができるのは政府だけだ。この金額は自粛要請によって本来は自由であるべき経済活動を制限したことによる損失額と割り切るしかない。新型コロナウイルス感染症対策もそれに対応する経済対策も可能な限り死者を減らすことを最優先とすべきだ。

SaitoTaro_Profile.jpeg[執筆者]
斎藤 太郎 (さいとう たろう)
ニッセイ基礎研究所
経済研究部 経済調査部長・総合政策研究部兼任

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル急伸し148円台後半、4月以来の

ビジネス

米金利変更急がず、関税の影響は限定的な可能性=ボス

ワールド

中印ブラジル「ロシアと取引継続なら大打撃」、NAT

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中