新型コロナ、急がれる医薬品開発──抗ウイルス薬やワクチンがなかなかできないのはなぜ?
感染拡大を抑制できない状態が続く新型コロナウイルス ktsimage-iStock
<国内外の多くの医薬品メーカーがワクチンや抗ウイルス薬の開発に精力的に取り組んでいるのに、実用化にはまだ相当な時間がかかりそうな理由>
*この記事は、ニッセイ基礎研究所レポート(2020年3月13日付)からの転載です。
新型コロナウイルスの感染拡大が、世界中で進んでいる。3月12日現在、世界全体で感染者は12万5048人、死亡者は4613人。日本では、感染者は1316人、死亡者は22人(横浜港に停留したクルーズ船、中国からのチャーター機を含む)に達している。[世界保健機関(WHO)'Situation Report-52'(2020.3.12)より] WHOは、3月11日、新型コロナウイルスを、「パンデミック(世界的な大流行)」と表明した。
今回の感染症は、致死率はそれほど高くないといわれている。しかし、感染防止のためのワクチンや、患者に投与する抗ウイルス薬はまだできておらず、感染拡大を抑制できない状態が続いている。
すでに国内・海外の多くの医薬品メーカーが、ワクチンや抗ウイルス薬の開発に精力的に取り組んでいるが、医薬品が世の中に出てくるまでには、相当な時間がかかるとみられている。
感染症に限らず、がんや認知症などさまざまな病気に対して、医薬品メーカーは、日々新薬開発の努力を重ねている。しかし、その開発には多くの困難が伴い、簡単には実用化に至らない。本稿では、その理由について見ていくこととしたい。
新薬開発にかかる多くの時間と費用
一般的に、1つの新薬の開発には9~17年の時間を要し、300億円以上もの費用が必要となる。新薬開発は、創薬、前臨床試験、臨床試験、審査を経て、薬事承認された後に薬価収載を経て販売に至る。販売して実用化された後は、患者への投与のモニタリングが行われる。
新薬開発は、多くの化合物の候補をふるいにかけていく作業といえる。そのために、医薬品候補となる化合物の種類をどれだけ持っているかが、医薬品メーカーの基礎体力となる。典型的には、創薬段階で、医薬品候補となる3万もの化合物から、前臨床試験までに250程度にまで絞られ、臨床試験に入るのは5つ程度となる。
この5つ程度の候補について、フェーズI~Ⅲの臨床試験を通じて、有効性や副作用の有無などをテストする。
まずフェーズIは、少人数の健康な人に投与して、副作用となる毒性の有無や程度を調べる。ここで特に問題がなければ、フェーズⅡに進み、少人数の患者に投与して、治療効果や安全性を確認する。あわせて、薬効の様子や適応症の検討、用量の設定なども行われる。
これをパスすると、最後のフェーズⅢに進み、多数の患者に投与して、有効性や安全性について確認する。確認にあたって、医薬品候補と色、形などは同じだが薬効のない偽薬(プラセボ)を用いて、薬を投与された患者の心理的効果が有効性に影響しないよう、慎重にテストする。
このフェーズⅢは、数千人規模の患者を対象とする本格的な臨床試験となることもあり、ここで研究開発費の約半分が費やされるといわれる。もしフェーズⅢを実施した後に、テストをパスした化合物が1つも残らなければ開発中止となり、新薬メーカーにとって巨額の費用損失となる。また、希少な病気に対する新薬開発では、臨床試験に必要な患者をどのように確保するかが大きな課題となる。
SARSも MERSも抗ウイルス薬は開発されていない
感染症の場合も、一般の病気と同じような新薬開発の難しさがある。
感染症には、感染原因が細菌や寄生虫のような生物の場合もあれば、ウイルスのような非生物の場合もある。細菌や寄生虫は、細胞分裂による自己複製が可能で、栄養があるなどの条件が整えば増殖することが可能であり、その点から生物といえる。一方、ウイルスは自己複製できず、なんらかの細胞にとりついて増殖するしかない。このため、非生物ということになる。