最新記事

新型コロナウイルス

日本の新型コロナウイルス対策は評価できるか──中国を参考に

2020年3月13日(金)20時00分
三尾 幸吉郎(ニッセイ基礎研究所)

また、PCR検査に関しても、高齢の父母を介護している人にとっては、自分が無症状のキャリアではないかと心配になり、希望者全員に検査を受ける自由を与えてほしいと思う人が多いだろう。しかし、「市中感染」が既に広がっているとの現状認識が正しいなら、無発症だったり軽症だったりする感染者が医療機関に殺到すると、医療機関が集団感染の現場となりかねない上、重症の感染者に十分な検査ができず、武漢のように"医療崩壊"する恐れが高まる。さらに、PCR検査をしても、ウイルス量が少ないと陰性判定となる場合もあるため、それで安心して高齢の父母を介護できるわけではなく、かえって危険でもある。したがって、感染した疑いのある軽症者は、そのまま回復する可能性も十分高いので、病院に駆け込んだりせず自宅療養に努め、医師がその必要性を認めない「不必要なPCR検査はしない」というのが理にかなっている。しかし、日本政府が「PCR検査は拡大へ向けて努力中」とするだけで、「不必要なPCR検査はしない方が良い」と説明しないでいると、情報が自由に流通する自由主義の日本では、新型コロナの「確認症例」が増えないのを見て、「市中感染」はまだ始まっていないと自由に判断し、「日本政府が打ち出した対策は大袈裟」だと考えて、「確認症例」の無い地方ではスポーツ・文化イベントの中止や延期が不十分となりかねない。そして、せっかく日本政府が正しい判断をしても、その成果が十分に実現できない恐れがある。その背後には、「確認症例」は情報として明確に伝達されるが、「市中感染」は情報として伝達しにくいという問題がある。したがって、「確認症例」に2週間程度先行する「市中感染」の推定値を地方別に示すなど、両者のギャップを埋める努力が必要である。

今回の新型コロナウイルスは武漢が発火点となって日本など世界に拡散したことから、中国での感染拡大の経緯や中国政府が採用した財政面や金融面の対策とその効果などは、「市中感染」が広がり始めた日本にとって役に立つ貴重な情報といえる。特に、この緊急事態の下で資金繰りに窮した中小企業を救済するために取った対策は参考になる。平常時なら問題なく生き残る企業がこの緊急事態で資金繰りに窮して倒産してしまえば将来に禍根を残しかねないからだ。リーマンショック後に成立した"モラトリアム法(中小企業金融円滑化法)"のようなものが必要になるだろう。また、中国ではこの緊急事態の下でもイノベーションが進み、在宅でのテレワークに加えて、オンライン医療、オンライン授業、オンラインヨガなどの普及が加速し、業務再開に際しては通行許可証として機能する「健康QRコード制度」を考案するなど日本にとっても大いに参考になる取り組みが多い。

但し、厳しい情報統制を敷く中国では、毎日のように当局からスマホにショートメッセージが入り注意喚起したり、政府の外出制限令に従わない国民はドローンで追い回して外出を抑制したりできるが、自由主義の日本ではそれも難しいため、日本政府が考えた新型コロナウイルス対策の効果を最大限に引き出すためには、中国とは異なる前述のような努力が必要となってくる。

Nissei_Mio.jpg[執筆者]
三尾 幸吉郎(みお こうきちろう)
ニッセイ基礎研究所
経済研究部 上席研究員

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ドイツ首相、ウクライナ巡り西側の結束訴え 和平協議

ビジネス

米ウェイモ、自動運転車1200台リコール 障害物衝

ビジネス

米FRB当局者、関税政策の経済・物価への影響を注視

ワールド

米・イスラエルの新たなガザ人道支援、5月末までに開
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    加齢による「筋肉量の減少」をどう防ぐのか?...最新研究が示す運動との相乗効果
  • 3
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 4
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 5
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 6
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 7
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 8
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 9
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 10
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中