最新記事

日本と韓国:悪いのはどちらか

日韓が陥る「記憶の政治」の愚:どちらの何が正しく、何が間違いか

THE AGE OF MEMORY POLITICS

2019年9月18日(水)16時35分
キャロル・グラック(コロンビア大学教授〔歴史学〕)

フランスとドイツの関係を変えた要素は3つある。双方の市民社会団体と草の根の運動(初めはドイツのほうが積極的だった)、シャルル・ドゴール仏大統領とコンラート・アデナウアー西独首相という2人の力強い指導者の政治的な意思、冷戦とソ連の脅威という文脈におけるそれぞれの国益だ。

両国は1963年にエリゼ条約(仏独協力条約)を結んで敵対関係に終止符を打った。しかし、その関係を強固にしたのはその後の教育の変化と、若い世代を中心に社会のあらゆるレベルで交流が深まったこと、そして、EUを通じて地域的な力が強まったことだ。

こうした順応はもちろん個人の記憶を消し去りはしなかったが、それでも両国の関係を変え、両国とほかの西欧諸国との関係を変えた。

時代や歴史的背景は異なるが、フランスとドイツの相互理解を深めた要素は今日の日本と韓国にも通じるだろう。

今年6月初めの世論調査では日本人と韓国人の約半数が相手国に良くない印象を抱いているが、その傾向は変化してきており、今後も変わるだろう。両国とも、若者のほうが年長者より互いへの好感度が高い。観光や大衆文化が草の根レベルで影響を与えていると思われる。

金大中が未来志向の日韓関係を宣言したときのように、指導者の姿勢も変化を起こし得る。文大統領は今年8月15日に、日本の植民地支配からの解放を記念する式典で「日本が対話と協力の道に進むなら、われわれは喜んで手をつなぐ」と語った。日本政府もむき出しの敵意にばかり反応せず、こうした前向きの発言を積極的に受け止めることもできるだろう。

magSR190918japankorea-gluck-3.jpg

2002年にはサッカーW杯を日韓で共催した DESMOND BOYLAN-REUTERS

「帝国の慰安婦」としての記憶

変化の背景には地域的な文脈もあった。仏独は、欧州というコミュニティーに共に参加することに共通の利益を見いだした。現在、日本と韓国の国益も東アジアの域内関係に同じくらい密接に結び付いているのではないか。

ただし、過去の敵が未来の友になるというシナリオには、もう1つ課題がある。フランスとドイツは戦争の敵国同士だったため、仏独の記憶の政治は戦争が軸になっていた。それに対し、韓国は日本の植民地だったため、韓国は慰安婦や徴用工の問題を、戦争というより植民地時代の抑圧として考える。

日本では少なくとも90年代前半以降、戦争の記憶を積極的に呼び起こす動きが広まっているが、帝国主義時代の過去にはあまり向き合ってこなかった。日本人は南京虐殺や七三一部隊、従軍慰安婦を知ってはいるが、例えば慰安婦については帝国主義ではなく戦争の産物と見なす人が多いだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米9月小売売上高0.2%増、予想下回る EV駆け込

ワールド

欧州司法裁、同性婚の域内承認命じる ポーランドを批

ワールド

存立危機事態巡る高市首相発言、従来の政府見解維持=

ビジネス

ECBの政策「良好な状態」=オランダ・アイルランド
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中