最新記事

香港

住宅街でもデモ、白シャツ集団が警察と談笑、香港最後の正念場へ

Hong Kong’s Endgame

2019年7月29日(月)11時55分
陳婉容(ジャーナリスト)

だが、その戦略は完全に裏目に出た。厳しい弾圧はデモ隊の意思をくじくことはなかったし、政府が逃亡犯条例改正案の棚上げで市民から得たわずかな信頼までもぶち壊してしまった。

【参考記事】香港国際空港で怒れる市民たち、誰に何を訴えたのか

ベッドタウンにも広がる

デモ隊は逃亡犯条例改正案の反対運動を、香港の「エンドゲーム(終盤)」と位置付けてきた。2014年の雨傘運動の目的は普通選挙権の獲得だったが、今回の抗議行動には、もっと緊急かつ切実な必要性があった。改正案が可決されれば、中国政府に目を付けられた香港市民が、中国本土に事実上拉致される恐れがある。つまり改正案の可決は、自分たちの運命に直結する重大な問題だったのだ。

だが、そのデモに目立ったリーダーが存在しなかったことは、イデオロギー色の薄い自然発生的な抗議運動として、高齢者を含む幅広い支持者を集める助けになった(一般に高齢者は体制に味方することが多い)。

もちろんデモ参加者が顔を隠しているのは、当局の報復を恐れてのことだが、皮肉にもこの「顔の見えない」側面が、今回のデモが雨傘運動より幅広い支持を集める一因になった。

さらにこの運動は、地理的にも広く拡散し始めた。通常、香港の抗議行動の舞台になるのは、行政機関が集中する香港島の中心部だが、逃亡犯条例改正案に反対する運動は郊外にも広がり、運動全体の「寿命」を延ばす効果をもたらした。

沙田や元朗はベッドタウンとして開発された地区であり、中心部よりも自己充足的で、住民のコミュニティー意識が強い。このような基本的に政治と無縁だった地区でもデモが開かれるようになったことで、運動には新たな命が吹き込まれた。

一方、香港政府は、初期の対応を誤ったために、反対派と和解するチャンスを逃してしまった。今回の抗議行動もいずれは収束するだろうが、林鄭が香港統治に必要な求心力を取り戻すことはないだろう。

逃した和解のチャンス

もちろん今回の騒乱の背景には、香港が抱える構造的な問題がある。1997年にイギリスから中国に返還されて以来、中国は年々香港への直接介入を強めてきた。当初は一国二制度が約束されたが、香港市民の政治的自由は着実に奪い取られてきた。

この締め付けは雨傘運動後、一段と厳しくなった。運動の指導者たちは訴追され、立法会では民主派議員が議員資格を剝奪されたり、立候補そのものが認められないケースが相次いだ。このため市民は香港の行政と司法に対する信頼を完全に失ってしまった。今回200万人がデモに参加したとされるのは、政府に任せておいたら何が起きるか分からないという危機感が市民の間に募っていたためだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ首脳、日本時間29日未明に会談 和平巡

ワールド

訂正-カナダ首相、対ウクライナ25億加ドル追加支援

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中