最新記事

香港デモ

香港の若者は、絶望してもなぜデモに行くのか

2019年7月18日(木)16時18分
倉田 徹(立教大学教授)

今回のデモには、通常は民主派を支持しないような層も含め、多くの香港市民が味方した。ビジネスマンや財界人などの保守派は、ある意味民主派以上に日常的に中国大陸との関係を持つため、トラブルが生じて中国に引き渡されるリスクは彼らのほうがより切実だったのである。しかし、6月9日に返還後最大の103万人デモが起きても政府は無視し、法案審議をむしろ加速しようとした。ついに若者は6月12日、審議を実力で止めるため、立法会への突入を企てて警察と激しく衝突した。政府は若者を「暴動」「暴徒」と罵ったが、市民の間ではむしろ、民意を無視し、若者をこれほど追い詰めた政府への怒りが募り、6月15日、政府はついに法案審議の「一時停止」表明に追い込まれた。

この一連のデモへの対応により、若者の政府に対する信頼は完全に失われた。結局のところ、非民主的な体制は民意に応じないと悟った若者は、7月1日には立法会に突入した。政府の紋章や立法会議長の肖像画といった権力の象徴が破壊されたことは、明らかに体制に対する不信を示している。雨傘運動後に沈黙していた、普通選挙を求める運動に再び火がつきつつある。

しかし、香港の体制を変えるには、北京を動かさねばならない。その難しさは皆が分かっており、香港の若者はどれだけデモを行っても、絶望感を払拭することはできない。警察との衝突を繰り返しながら、そして、4名の自殺者まで出しながら、抗議活動は今も毎日のように続けられている。

日本の若者は民主主義を守れ

世界では民主化を求めて、これまでも多くの犠牲が払われてきた。韓国や台湾の民主主義も、人々の弾圧の血であがなわれたものであり、犠牲者の多くは若者であった。日本には、民主主義は戦後米国によって与えられたものとの感覚が強いかもしれない。しかし、今の日本の体制も、敗戦というある種の犠牲の結果でもある。抑圧的な体制がタダで民主主義を国民に与えることなどあり得ない。

香港人は今回、逃亡犯条例改正を事実上食い止めた。これも彼らの血と汗、特に、6月9日の103万人もの人々の炎天下での行進と、12日の衝突での多くの負傷者を出して、ようやく実現したことである。権威主義的な政府に民意を届けるのが、いかに難しいことか。

そう考えると、日本に民主主義が存在することの意義をより良く理解できるのではないか。足ではなく、手で投票する権利が与えられていることは、歴史によって与えられた幸運な特権である。自由と民主の権利をきちんと使い、それを次世代にも引き継いでゆくことは、義務以外の何物でもない。


[執筆者]倉田 徹
1975年生まれ。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。2003~06年に在香港日本国総領事館専門調査員。金沢大学人間社会学域国際学類准教授を経て、立教大学法学部政治学科教授。専門は現代中国・香港政治。著書『中国返還後の香港―「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞受賞)など

20190723issue_cover-200.jpg
※7月23日号(7月17日発売)は、「日本人が知るべきMMT」特集。世界が熱狂し、日本をモデルとする現代貨幣理論(MMT)。景気刺激のためどれだけ借金しても「通貨を発行できる国家は破綻しない」は本当か。世界経済の先行きが不安視されるなかで、景気を冷やしかねない消費増税を10月に控えた日本で今、注目の高まるMMTを徹底解説します。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル急伸し148円台後半、4月以来の

ビジネス

米金利変更急がず、関税の影響は限定的な可能性=ボス

ワールド

中印ブラジル「ロシアと取引継続なら大打撃」、NAT

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中